ぎふぜんこうじ|真言宗醍醐派|愛護山
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先日、山県市のお寺に参拝し美濃新四国の事を知り、霊場巡りをしようと早速第1番 岐阜善光寺にお参りしました。 真言宗醍醐寺派 ご本尊は善光寺如来
美濃新四国は、1864年の霊場一覧と地図が残っていて、それ以前に開かれたようですが、正確な年次は不詳です。
太平洋戦争などで戦後荒廃していましたが、1973年、弘法大師生誕1200年を機に復興に着手し、1975年に復興しました。
岐阜善光寺は、武田信玄によって信州の善光寺から甲府へ移されていたご本尊を、織田信長が1582年この地に移されたのを期に創建されました。
信長が本能寺の変で討たれると岐阜より遍座されますが、信長の嫡孫秀信が「信州の善光寺と同じようにお祀りするように」とお祀りされています。
また、イベント時には、人型ロボット ペッパーが登場し案内役を務めています。
私も、以前ご開帳の時にお会い(?)してビックリ😆しました。流ちょうな言葉で説明を受けました。

#善光寺安乗院 #岐阜善光寺
ご本尊という表現は見ないが、アミダ三尊仏を祀る。
#阿弥陀三尊仏 #善光寺如来
写真の御朱印の墨書きは善光寺如来とある。パンフによれば、善光寺如来はアミダ三尊仏の通称。
僕は前年に初めての善光寺(長野県長野市)詣でを果たしたのだが、それを経てもなお、善光寺如来という言葉の意味を勘違いしていた。単に善光寺に敬意を払って、あちらのアミダ如来をこう呼んでいるだけだと思っていた。
そのような側面ももしかしたら少しはあるのかもしれないが、本質を衝いていない。どちらかといえば、信仰よりも美術史的な意味合いの方が強いようだ。
善光寺如来は、アミダ如来、観音菩薩、勢至菩薩の3尊が1つの光背の前に立つ形式をいう。ここ岐阜善光寺のパンフにも書いてある。講学的には善光寺式三尊像と称するらしい。
なお、三尊像が1つの光背を共有する作例自体は他にもある。一光三尊(いっこうさんぞん)といって、古くは3~6世紀ごろの中国に見られ、日本では飛鳥時代に多いとのことだ。
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