ぎふぜんこうじ|真言宗醍醐派|愛護山
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方岐阜善光寺のお参りの記録一覧
絞り込み


次は、第9番の勝林寺から東へ真っ直ぐ約0.4kmの所の岐阜市伊奈波通に在る愛護山 善光寺 安乗院です。通称は岐阜善光寺。
真言宗醍醐派で、本尊は釈迦如来(善光寺如来)。
美濃新四国八十八ヶ所霊場 第70番札所。
今回の寺院巡りの最後となります。
元々は第1番札所なのですが、第70番札所の般若寺が対応不可との事で、代打で般若寺の御朱印を発行していると思って伺った所、第70番般若寺の御朱印を頂きたいと話しましたがどうも話が噛み合わない。第70番札所は般若寺ではなく、安乗院に変更になっていました。要は1つの寺で第1番と第70番の2つの札所になったという事です。
・第1番札所∶善光寺
・第70番札所∶安乗院
ーーー後日アップします。
もっと読む

岐阜旅⑤伊奈波神社手前に鎮座する岐阜善光寺さんにあがりました。
信州善光寺とのご縁を感じました。
善光寺如来様とは、正式には「善光寺式阿弥陀三尊」と呼ばれています。
中央に阿弥陀如来様、両脇侍に観音菩薩様・勢至菩薩様の三体が背後を一つの大きな光背でおおわれていることから「一光三尊」とも呼ばれています。
戦国時代、信州善光寺より織田信長によって、この地に迎えられた日本最古の仏様・ご本尊善光寺如来様は現在信州にお戻りになり、岐阜善光寺にはご分身がお祀りされています。
善光寺信仰の広がりとともに多くの人々の信仰を集めてきました。江戸時代に開かれた美濃新四国八十八ヶ所霊場において、第一番札所としての歴史を持ち、今も巡礼の出発点として多くの参拝者を迎えています。また、善光寺の名にふさわしく、「誰もが救われる」という教えのもと、宗派を問わず多くの方々に開かれた寺院です。


岐阜県岐阜市、金華山の麓、伊奈波神社に向かって左手入口にある「岐阜善光寺 安乗院」へ初参拝させていただきました。善光寺如来様をお祀りする真言宗の寺院です。2月の節分星祭りに向け、なんともユニークな赤鬼さんが入口でお出迎えしてくれました。境内には岐阜善光寺本堂、末光稲荷大神、弘法堂があります。直書きの「善光寺如来」「不動明王」「弘法大師」御朱印をいただきました(各500円)。受付に「岐阜善光寺では御朱印への日付入れをいたしません」との注意書きがありました。弘法堂の手前西側に参拝者用の駐車場がありますが、あまり広くありません。すぐ隣りに民間の有料駐車場(当日は無料開放されていました)、伊奈波神社参拝者用の駐車場も南側にあります。青鬼の口から人の脚が飛び出ています。あまりにも斬新な赤鬼さんに見入ってしまいました。
もっと読む

岐阜市伊奈波通にある 岐阜善光寺安乗院にお参りしました。
伊奈波神社の麓にあり いつも多くの人がみえています
この日も 次から次へと 猛暑にもかかわらず参拝する人が絶えませんでした🥵
今回は 美濃新四国八十八ヶ所の70番札所般若寺(山県市)が こちらに変更となり参拝しました
真言宗醍醐寺派の寺院で 戦国時代に岐阜城主となった 織田信長が武田信玄によって
信州の善光寺から甲府へ移されていた善光寺如来を岐阜へ移して岐阜善光寺が創建されました
その後織田信長が本能寺の変で討たれたあと 本尊は岐阜から移されますが 信長の孫
織田秀信によって善光寺如来の分身を岐阜善光寺の本尊として祀られています
目の前にある 福丸さんのかき氷・・楽しみにしていたのですが 11時からのオープンということで
お店の方が準備されていました 「おはようございます」と感じの良い挨拶をされ それだけで気持ちは⤴ 次回リベンジするぞ! 🍧

岐阜市にあるお寺です。
伊奈波神社の大鳥居のすぐ近くにあります。
いやぁ暑い暑い!
伊奈波神社の社務所で休ませていただいたのですが汗が止まらない。
大鳥居まで戻ってきたら目の前に「福丸」という氷屋さん。
もちろんお参りをすませてからですが 先に紹介。
福丸さんは 夏季はかき氷だけのお店。
店内は15時をすぎていましたが満員。人気店だなぁと思って並びました。
メニューは 「桃って珍しいなぁ じゃあ桃」 と頼んだのでした。
で 出てきたかき氷を見てびっくり。写真を見たら分かると思いますが フルーツ大盛りですよ。
東京だったらいくら?大阪だったら?京都だったら1000円はくだらないな。
これが何と 600円!ナイスーーーー!!
桃の缶詰?いやいやそうじゃなく農園と提携されていました。
じゃあジャリジャリの氷?いえいえふわっふわでした。
シロップだけのふわふわじゃないかき氷で500円はするでしょ。神です!
参拝の皆様 ご堪能ください。
さてお寺ですがやはり織田家ゆかりのお寺でした。
新四国八十八か所の第1番札所でした。
石段を上がると摩尼車がありましたので さっそく回して読経気分。
本堂でお参りし 戸が開いていましたので内陣の様子を観させていただきました。
ご本尊は逗子の中で拝顔できませんでしたが すっきりしていながらも立派な祭壇は 見ていて心が安らぎます。
本堂横に鳥居がありましたので 先に進んでみました。
末光稲荷大神が祀られていました。
少し離れた場所に弘法堂があり 1階はホール?2階がお堂でした。
こちらは扁額を見ると 弘法大師と不動明王と秋葉大権現が祀られていました。
お堂の拝所の梁には 三猿を龍が見下ろす彫刻が施されていました。
三猿?徳川家康公?確かに東照宮が近くにありますが。
うっかり見過ごしてしまいそうなことから あれこれ想像するのは寺社巡りの醍醐味です。
こちらの善光寺が家康公の庇護にあったか? とこの時は推察しました。
それからのかき氷でした。
ネット情報です。
山号は愛護山 院号は安乗院 宗旨宗派は古義真言宗醍醐派 ご本尊は善光寺如来 創建年は不明 開基は織田秀信です。
信濃善光寺の本尊(善光寺如来)は 戦災からの保護を名目として武田信玄の意向で甲斐善光寺に遷座させられていたが 甲州征伐後 織田信長の手で天正10年(1582年)3月に 岐阜城下の伊奈波神社の近くに移された。
しかし 同年6月2日の本能寺の変により織田信長が亡くなると 善光寺如来は織田信雄により尾張国甚目寺(現・愛知県あま市)へ移され 徳川家康の手に渡り遠江国の鴨長寺へ移され その後一旦甲斐善光寺へ戻された。
しかし慶長2年(1597年)に 豊臣秀吉の命で京都へ運ばれ 地震で損壊した方広寺大仏(京の大仏)に替わる 方広寺の新たな本尊にされる。
その後秀吉は病を患ったが それは善光寺如来の祟りではないかとする風説が流布したので 翌慶長3年(1598年) ようやく元の信濃国善光寺に戻された。
信長の孫・織田秀信が かつて善光寺如来が祀られていた地に伊奈波善光寺堂を建立し 善光寺如来の分身を祀ったのが始まりという。
建立時期は不明だが 織田秀信が岐阜城主であった文禄元年(1592年)から慶長5年(1600年)頃と推測される。
江戸時代初期 善光寺安乗院に改称する。
岐阜県のおすすめ2選🎎

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ



























































