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なめがわじんじゃ

滑川神社 - 仕事と子どもの守り神の御由緒・歴史
公式福島県 須賀川駅

歴史詳細情報

ご創建(日本武尊と滑川)

第12代 景行天皇の御代(1世紀後半〜2世紀前半頃)、日本をひとつの国としてまとめるために、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は各地の問題を解決し、災厄・災難を祓い退けながら、全国を旅されました。

そして、当地にいらっしゃった折、川の底板が滑らかなのをご覧になって、「常盤に、堅磐に、常滑の滑川」と仰せられたことから、「滑川」の名が起こったと云い伝えられています。また、この時、人々が日本武尊の仁徳を慕い、当地草創の産土・滑川大神としてお祀りしたのが、当社のはじまりです。

平景政公(鎌倉権五郎景政公)と滑川神社

時は流れ、康平5年(1062年)。源頼義・義家に従い、平景政公(タイラノカゲマサコウ・鎌倉権五郎景政公)が当地へ入られました。折り悪しく、天気が荒れ滑川の水が溢れて道が途絶えてしまっていました。そこで、景政公は馬に乗って川を渡ろうとします。

ところが、滑川の水の流れの勢いは予想以上に激しく、景政公でさえ流されてしまい、あわや溺死寸前となってしまいます。溺れた景政公を助けたのは、滑川の村人達でした。助けられた景政公は歌を一首詠まれ、短冊に認めて村民に渡したと伝えられております。

後に、文明3年(1471年)、その偉業を称え、戴いた短冊を御神体として、新たに平景政公をお祀りしました。

その後の記録によれば、永禄元年(1558年)に神殿が造営され、「御霊大明神」「五郎大明神」などと称されました。慶応3年(1867年)には「皇霊大神宮」と改称され、明治2年(1869年)、現在の「滑川神社」に改められました。

誉田別尊と菅原道真命

誉田別尊(八幡様)と菅原道真公(天神様)を祀った経緯については詳細は分かってはいませんが、当社の主祭神・日本武尊は誉田別尊(応神天皇)の祖父にあたり、平景政公は誉田別尊(八幡神)を氏神・守護神と崇める源氏の武将です。こうした関係から、誉田別尊も当社に祀られたと考えられます。

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)

景行天皇の御代(1世紀後半〜2世紀前半頃)、日本をひとつの国としてまとめるために、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は各地の問題を解決し、災厄・災難を祓い退けながら、全国を旅されました。様々な御神徳がありますが、災難除け・厄除けの神様としての信仰が厚い神様です。

誉田別尊(ホンダワケノミコト)

応神天皇。八幡様と親しまれる日本武尊の孫。源氏の氏神。全国に30,000社以上ある八幡宮・八幡神社の主祭神です。

平景政霊(タイラノカゲマサノミタマ)

鎌倉権五郎景政公。源頼義・義家 親子につき従った、源氏の武将。弓矢で眼を射られても臆さず戦い続けたという武勇は、歌舞伎にもなりました。

菅原道真命(スガワラノミチザネノミコト)

天神様と親しまれる学問の神様で、全国に10,000社以上ある天満宮・天神社の主祭神です。子どもの守り神、芸能の神様、至誠(正直)の神様としても有名です。

八幡太郎義家公の所縁の石

御祭神の平景政公(タイラノカゲマサコウ)は、八幡太郎義家公(源義家公)につき従った源氏の武将です。眼を射られても勇猛果敢に戦い続けた、その姿は、歌舞伎の演目になるほどで、「武士の鑑」と崇められました。

その御祭神と所縁の深い八幡太郎義家公の足跡が残された石が、境内の入口付近にあります。言い伝えでは、付近の小学校(柏城小学校)の辺りから、一足飛びに神社まで飛んだと伝えられています。

大鳥居をくぐり、階段を少し登った、小さな鳥居の前にあります。探してみてください。

ご祭神日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
誉田別尊(ホンダワケノミコト)
菅原道真命(スガワラミチザネノミコト)
平景政霊(タイラノカゲマサノミタマ)
創建時代第12代 景行天皇の御代(1世紀後半〜2世紀前半頃)
ご由緒

■ 主祭神は厄除けの神様「日本武尊」
第12代 景行天皇の御代(1世紀後半〜2世紀前半頃)、日本をひとつの国としてまとめるために、日本武尊は各地の問題を解決し、災厄・災難を祓い退けながら、全国を旅されました。当地にいらっしゃった折、川の底板が滑らかなのをご覧になって、「常盤に、堅磐に、常滑の滑川」と仰せられたことから、「滑川」の名が起こったと云い伝えられています。また、この時、人々が日本武尊の仁徳を慕い、当地草創の産土・滑川大神としてお祀りしたのが、当社のはじまりです。

その後、現在に至るまで、3柱の神様があわせてお祀りされるようになりました。

■ 誉田別尊(ホンダワケノミコト・応神天皇)
八幡様と親しまれる日本武尊の孫。源氏の氏神。全国に30,000社以上ある八幡宮・八幡神社の主祭神です。

■ 平景政公(タイラノカゲマサコウ)
鎌倉権五郎景政公。源頼義・義家 親子につき従った、源氏の武将。弓矢で眼を射られても臆さず戦い続けたという武勇は、歌舞伎にもなりました。

■ 菅原道真公(スガワラノミチザネコウ)
天神様と親しまれる学問の神様で、全国に10,000社以上ある天満宮・天神社の主祭神です。子どもの守り神、芸能の神様、至誠の神様としても有名です。

4柱の神様、どの神様も、ご自身の使命や任務、役目等、つまり「仕事」に誠心誠意、一生懸命、向き合われた神様です。

歴史の写真一覧

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