かねがさきぐう
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方金崎宮のお参りの記録一覧
絞り込み






【越前國 古社巡り】
金崎宮(かねがさきぐう)は、福井県敦賀市金ケ崎町にある神社。建武中興十五社の一社で、旧社格は官幣中社。祭神は恒良親王、尊良親王。建武中興十五社の1社。
明治時代中期の1890年、建武の新政期に足利尊氏と後醍醐天皇との対立の中、尊氏の軍勢との戦いで、金ケ崎城において自害した後醍醐天皇の子・尊良親王を祀るために創建された。1892年には恒良親王が合祀され、翌1893年には現在地に社殿が竣工し遷座した。
建武の新政期1336年に足利尊氏と後醍醐天皇の戦い(建武の乱)が発生し、尊氏が京都に迫ると、後醍醐天皇の子で皇太子であった恒良親王と異母兄の尊良親王は、新田義貞、氣比神宮の大宮司に奉じられ、北陸統治を名目に越前國金ケ崎城へ下向した。翌1337年に足利方の高師泰、斯波高経率いる軍勢により金ケ崎城は落城(金ケ崎の戦い)、新田貞義は脱出するが、恒良親王と尊良親王は自害した。
なお、1897年に創建された境内摂社の絹掛神社には、恒良親王と尊良親王を支え、金ケ崎城の戦いで命を落とした藤原行房卿、新田義顕卿、気比氏治命、気比斎晴命、瓜生保命、瓜生義鑑命、里見時成命、里見義氏命 、由良具滋命、長浜顕寛命、武田与一命などの将士が祀られている。
当宮は、JR北陸本線・敦賀駅の北方2kmの敦賀港そば、天筒山の西麓にある。境内入口には高野山真言宗の金前寺があり、金ケ崎城址駐車場との間を進むと、敦賀市内を見渡せる階段があり、その上に社殿等がある。境内は割と広く、小山の森の中にあるだけあって空気が清々しい。境内最奥(西側)に本宮社殿と摂社・絹掛神社の社殿が並んで建っている。
今回は、建武の中興十五社の1社、旧官幣中社であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中で、雨降りのあいにくの天気であったが、自分以外にも参拝者をぱらぱら見掛けた。
もっと読む


最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ


























































