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つかざきしんめいしゃ

塚崎神明社

千葉県 逆井駅

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04-7138-6436

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり(30台)

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くし
2022年05月05日(木)
1073投稿

ウチから千葉の湾岸方面を目指す時、だいたいいつも国道4号から埼玉の春日部で16号に入り、柏市を越えた辺りで適当な横道に入るのですが、今回偶然選んだ船取県道で最初に遭遇した神社です。
行く時は時間がなく、また早朝ということもあり寄れなかったのですが、これも何かの縁と思い帰りに参拝してくことにしました。

神明社は船橋で拝んだのでアマテラスちゃんはやや食傷気味で、また雨ということで太陽神を拝むにはちょっと不向きな日でしたが(^^;

創建年代は不詳だそうですが、鎌倉時代頃から伝わる古社とのこと。
下総国のこの一帯は相馬御厨という伊勢神宮の荘園で、その中でこの塚崎が聖地とされていたとのこと、まさに伊勢神宮の直系分霊ですね。

江戸時代の明暦年間に大改修が行われ、鳥居などその当時の建造物が良く残ってます。
また本殿などは2015年に改修されたばかりらしい、そのためか全体的に整った良い神社でした。

境内社も多数。
実は写真に撮った境内社の他に、裏参道入口に「一之宮」という摂社があり、どうもこれを拝んでから本殿を拝むのがこの神社の正式作法だったらしい (氏子限定か?)
案内板で見ると、左下の隅に書かれてる無名の摂社がこの一之宮のようです。
この時は情報を知らず、また雨であまり長居しなかったので見逃してしまった(>_<)
この正式作法を成就すべくぜひともまた来たいですね。

塚崎神明社の御朱印

書き置きです

塚崎神明社(千葉県)

まず下に弁財天社があったのでここから

塚崎神明社(千葉県)

コンクリートの人工島の浮島弁天
手前の紅葉から秋がベストシーズンかと

塚崎神明社の建物その他

神社入口
評注は「宗教法人」となってます
旧社格は村社とのこと

塚崎神明社の歴史

境内案内図
天照皇大神、春日神、八幡神を祀る三社造り

塚崎神明社(千葉県)塚崎神明社(千葉県)

鳥居
宝暦年間建立の古いものだそうです

塚崎神明社の自然

樹齢1300年の大榊
主幹は枯死してしまったそうですが側枝が生存

塚崎神明社(千葉県)

神楽殿
毎年10/17に十二座神楽が奉納されるとのこと

塚崎神明社の本殿

拝殿
千木のある立派な社殿

塚崎神明社の本殿塚崎神明社(千葉県)

境内社多し、まず本殿左手に大杉神社
一社ごとに丁寧に祭神と説明が書かれてます

塚崎神明社の末社

疱瘡神社

塚崎神明社(千葉県)

子安社

塚崎神明社の自然

大榊とは別の御神木

塚崎神明社の像

かしわ七福神の大黒天
かしわ七福神の御朱印は色紙押しだけのようだったので今回は辞退

塚崎神明社(千葉県)

右手にも境内社多数
猿田彦神社

塚崎神明社(千葉県)

子の神社 大国主命
やはり国津神代表なので、思いっきり天津神系の神明社でも扱いが大きい

塚崎神明社(千葉県)

摂社群
この辺はまとめて遥拝とさせていただきました(^^;

塚崎神明社(千葉県)

石碑と祭神不明の石祠

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歴史

旧沼南町、現在の柏市塚崎地区の鎮守です。
古くは下総国南相馬郡(手賀・風早・土・鎌ヶ谷西部)四カ村十七部落の総鎮守でした。小高い山の上に鎮座し社殿は伊勢神宮の方角(南南西)に向かい、緩やかで長い裏参道は塚崎地区に向かっています。広濶な境内、古雅な社殿や石垣の佇まい昼なお暗い石段や古鳥居の風格など、森厳幽邃な境趣は周辺神域の白眉とうたわれています。
創建については古記録がなく明らかではありませんが古く南北朝時代の【神凰鈔】には「相馬御厨、大神宮御領、蓋謂此也、祠官守氏、社領十石」と、記載があります。江戸時代の【寺社分限】にも「塚崎神明ノ社、祭田十石ト。凡御厨地、必ズ皇大神ヲ祀リ、称シテ神明ト曰フ」また【下総国旧自考】にも「塚崎明神、土人称伊勢明神」と、あるなど伊勢神宮の相馬御厨と当社との関係が極めて密接であったことが分かります。平安時代には伊勢神宮領として何度も寄進されていることから、当時、既に当社が相馬御厨の重要な聖地として存在していたことが推察されます。また昭和十年(1935)に県の天然記念物に指定された大榊は当時の県の鑑定で、樹齢を約1300年とされたことも当社の創建の古さを物語っています。※現在、主幹は枯死し若木が育成中です。
時代は下って天正十九年(1591)十一月、関東へ入部した徳川家康から社領十石の朱印を受けています。さらに現存する本殿三社が江戸時代中期の享保十八年(1733)に再建され、宝暦三年(1753)には表参道の石段が隣接する藤心村の氏子によって奉納されました。同七年(1787)に石段の下に弁財天が祀られ、表参道の石段の上部には石造りの鳥居が建てられるなど境内は著しく整備されました。この石鳥居は幕府領であった相馬郡四十数カ村の領主、本多伯耆守正珍の奉納です。幕末の天保五年(1834)に近隣諸村の氏子、崇敬者によって拝殿前に石垣が奉納され神域の威容を増しました。
しかし明治四年(1871)当社は官地とされ国に取り上げられてしまいました。その間、同八年(1875)に拝殿が再建されましたが、民有地に復したのは同三十四年(1901)でした。これを機に境内が再び整備され翌三十五年(1902)に神楽殿が再建され、同三十九年(1906)には風早村社の指定を受けました。さらに同四十一年に塚崎地区の子ノ神社、浅間、厳島、面足、白幡の各神社を境内に合祀し、記念碑が建立されています。
その後、昭和三十二年(1957)従来、茅葺きであった本殿三社、拝殿、神楽殿を鎧型の鉄板で完全に覆う改修が行われ、その記念として一万本の植樹がなされました。同五十二年に町民の森(現在は沼南の森)として境内の一部が住民に開放されました。平成十七年に境内の篭り堂の再建、同二十年には石段の改修工事、同二十三年には駐車場の整備が行われました。
そして同二十五年、拝殿の改築、幣殿と参集殿の増築工事着工。拝殿は既存の部材を極力残しながら屋根が神明造りになりました。参集殿は各種御祈祷を受けられる方の待合室です。平成二十七年春、御神徳を得て厳しく美しく竣工いたしました。

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塚崎神明社の基本情報

住所千葉県柏市塚崎1460
行き方
アクセスを詳しく見る
名称塚崎神明社
読み方つかざきしんめいしゃ
通称神明様
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号04-7138-6436
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttps://itp.ne.jp/info/122903826106360220/

詳細情報

ご祭神《主》天照皇大神,誉田別命,武甕槌命
文化財

神明社の大榊、塚崎十二座神楽、手洗鉢、石鳥居

ご由緒

旧沼南町、現在の柏市塚崎地区の鎮守です。
古くは下総国南相馬郡(手賀・風早・土・鎌ヶ谷西部)四カ村十七部落の総鎮守でした。小高い山の上に鎮座し社殿は伊勢神宮の方角(南南西)に向かい、緩やかで長い裏参道は塚崎地区に向かっています。広濶な境内、古雅な社殿や石垣の佇まい昼なお暗い石段や古鳥居の風格など、森厳幽邃な境趣は周辺神域の白眉とうたわれています。
創建については古記録がなく明らかではありませんが古く南北朝時代の【神凰鈔】には「相馬御厨、大神宮御領、蓋謂此也、祠官守氏、社領十石」と、記載があります。江戸時代の【寺社分限】にも「塚崎神明ノ社、祭田十石ト。凡御厨地、必ズ皇大神ヲ祀リ、称シテ神明ト曰フ」また【下総国旧自考】にも「塚崎明神、土人称伊勢明神」と、あるなど伊勢神宮の相馬御厨と当社との関係が極めて密接であったことが分かります。平安時代には伊勢神宮領として何度も寄進されていることから、当時、既に当社が相馬御厨の重要な聖地として存在していたことが推察されます。また昭和十年(1935)に県の天然記念物に指定された大榊は当時の県の鑑定で、樹齢を約1300年とされたことも当社の創建の古さを物語っています。※現在、主幹は枯死し若木が育成中です。
時代は下って天正十九年(1591)十一月、関東へ入部した徳川家康から社領十石の朱印を受けています。さらに現存する本殿三社が江戸時代中期の享保十八年(1733)に再建され、宝暦三年(1753)には表参道の石段が隣接する藤心村の氏子によって奉納されました。同七年(1787)に石段の下に弁財天が祀られ、表参道の石段の上部には石造りの鳥居が建てられるなど境内は著しく整備されました。この石鳥居は幕府領であった相馬郡四十数カ村の領主、本多伯耆守正珍の奉納です。幕末の天保五年(1834)に近隣諸村の氏子、崇敬者によって拝殿前に石垣が奉納され神域の威容を増しました。
しかし明治四年(1871)当社は官地とされ国に取り上げられてしまいました。その間、同八年(1875)に拝殿が再建されましたが、民有地に復したのは同三十四年(1901)でした。これを機に境内が再び整備され翌三十五年(1902)に神楽殿が再建され、同三十九年(1906)には風早村社の指定を受けました。さらに同四十一年に塚崎地区の子ノ神社、浅間、厳島、面足、白幡の各神社を境内に合祀し、記念碑が建立されています。
その後、昭和三十二年(1957)従来、茅葺きであった本殿三社、拝殿、神楽殿を鎧型の鉄板で完全に覆う改修が行われ、その記念として一万本の植樹がなされました。同五十二年に町民の森(現在は沼南の森)として境内の一部が住民に開放されました。平成十七年に境内の篭り堂の再建、同二十年には石段の改修工事、同二十三年には駐車場の整備が行われました。
そして同二十五年、拝殿の改築、幣殿と参集殿の増築工事着工。拝殿は既存の部材を極力残しながら屋根が神明造りになりました。参集殿は各種御祈祷を受けられる方の待合室です。平成二十七年春、御神徳を得て厳しく美しく竣工いたしました。

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