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たかてるじんじゃ

高照神社
青森県 弘高下駅

高照神社について

弘前藩中興の祖とよばれる4代目藩主津軽信政公が祀られておる神社で、御廟もあります。

ご神職様はいらっしゃらないですが、300年間氏子さんたちが守り抜いてきたお社です。
お社自体は重要文化財として登録されています。

氏子さんたちが管理しているので、決して手入れは充分ではないのですが、中には江戸時代の大絵馬が飾られていて、誰でも見れます。

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2026年05月21日(木)723投稿

青森県 弘前市 高岡字 神馬野 に鎮座する、高照神社、神社 巡りで参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております、対応は 慣れていて親切な神社様でした、どの様な神社か引用を用いて調べてみました、六祭神を祀ります、主祭神は 津軽信政命(弘前藩4代藩主)配神は 津軽為信命(同・初代藩主)、武甕槌神、天児屋根命、伊波比主神、比売神、社格等は 旧県社、創建年は 正徳2年(1712年)本殿の様式は 入母屋造杮葺、別名は 高照霊社、高岡霊社、高岡さま、例祭日は 旧暦7月21日、
宝永7年(1710年)に卒去した弘前藩4代藩主の津軽信政の廟所に起源を持つ。信政は生前、吉川神道の創始者・吉川惟足に師事していた経緯があり、信政の遺命により5代藩主・信寿が、幕府の神道方で吉川神道2代・吉川従長(よしかわ よりなが・1655 - 1730)を斎主とし神葬祭を行い、高岡の地に埋葬した、埋葬地には、本墓と拝墓の2つの墓碑が東西線軸上で前後に建てられ、後方(西側)にある本墓の八角柱の墓碑には「宝永七庚寅年」の銘が刻まれている、葬儀は津軽家の菩提寺の 天台宗 報恩寺で、吉川神道に基づいた祭儀により営まれ、その後、遺骸は高岡に葬送し、遺髪・爪は報恩寺境内に五輪塔を建て納められた、
享保13年(1728年)に吉川従長が、信政の生前の仁徳や高岡の地への埋葬の経緯などを記した『陸奥国 津軽高岡 高照霊社 御縁起』には、「信政は在世中から高岡を埋葬地に定めていた。」とあり、高岡の地には、津軽家の出自とされる藤原氏の氏神である春日4神を祀る小さな社があったことが、埋葬地と定めた理由の1つと考えられる。また他には「神葬祭は、従長の代理の北川武左衛門正種が執り行った」「御縁起執筆は、縁起を残すことにより神社の神徳が永遠に伝わることを目的とし、信政の嗣子の信寿が、従長に執筆を依頼した」などが記されている、
神葬祭が行われた翌年の正徳元年(1711年)に5代藩主・信寿が廟所を建立し、正德2年(1712年)に本殿や拝殿などの社殿が建立された、社殿などの境内への配置は、吉川神道の思想に基づいて構成し造営が行われているが、同じく吉川惟足に師事していた保科正之を祀る土津神社の社殿(慶応4年・1868年の戊辰戦争時に焼失)を模した準権現造の社殿となっている、社殿建立にあたり、由緒ある弘前の古名である「高岡」の地名を、この地に冠したとされる、江戸時代には信政が吉川神道から授かった「高照霊社」の霊社号(神号)にちなみ「高照霊社」と称され、また藩士たちからは、由緒ある弘前の古名から「高岡様」と崇敬され、藩政時代を通じ津軽氏歴代藩主により崇敬されていた、
宝暦5年(1755年)には、7代藩主・信寧が拝殿を造り替え、9代藩主・寧親が文化7年(1810年)に随神門を、文化12年(1815年)に廟所門を建立している、
文政13年(1830年)に10代藩主・信順により社殿の北側50 メートルほどの場所に、社殿の並びに平行の東西線に沿って馬場が整備され、馬場が完成後に「神馬牽入始之儀」が行われたが、歴代藩主や一族、重臣により奉納された大絵馬には、神馬奉納などの華やかな光景が描かれている、
明治初年に高照神社と改称し郷社となり[13]、明治4年(1871年)に春日4神を配祀、明治10年(1877年)に藩祖・為信を合祀、明治13年(1880年)に県社に列した。藩によって神社管理のために配置された高岡の住人は、現在も拝殿の開閉や、境内の草刈り、冬季の屋根の雪下ろしなどの維持管理を行っている

高照神社の御朱印

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歴史

弘前藩の4代藩主津軽信政公の祀られている神社です。
信政公は吉川神道を学んでいて、死後はここに祀るようにと言い残し亡くなったあと高照神社に祀られました。

弘前藩の一大事にはお告げ御用と言って信政公に子細を報告する神事も行われていたそうです。

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高照神社の情報

住所青森県弘前市高岡神馬野
行き方

岩木山神社より車で五分ほど

高照神社の基本情報

名称高照神社
読み方たかてるじんじゃ
御朱印あり
限定御朱印なし
絵馬あり

詳細情報

ご祭神津軽信政公
ご由緒

弘前藩の4代藩主津軽信政公の祀られている神社です。
信政公は吉川神道を学んでいて、死後はここに祀るようにと言い残し亡くなったあと高照神社に祀られました。

弘前藩の一大事にはお告げ御用と言って信政公に子細を報告する神事も行われていたそうです。

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