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楽しみ方大樹寺(松安院大樹寺)のお参りの記録一覧
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三河三十三観音霊場巡りの4寺目は、岡崎市に在る第3番の成道山 松安院 大樹寺です。3寺目の九品院から西へ真っ直ぐ約1kmの所です。
浄土宗で、本尊は阿弥陀如来(県指定文化財)、札所本尊は如意輪観音菩薩。
松平家、徳川将軍家の菩提寺。
1475年に松平家4代の松平親忠が勢誉愚底上人を開山とし建立。1535年に松平清康が再興し、多宝塔(重文)を建立。1641年に3代将軍徳川家光が山門と鐘楼(共に県指定文化財)を建立。本堂は1855年火災により焼失するも1857年に13代将軍徳川家定が再建。
寺伝によれば、1560年の桶狭間の戦いで今川義元が討たれ、家康が追っ手を逃れて大樹寺に逃げ込んだが、周りを取り囲まれてしまったため先祖の墓前で自害すると13代住職の登誉上人に告げた所「厭離穢土、欣求浄土」(乱世を住みよい浄土にするのがお前の役目)と説いて諭した。これにより家康は自害するのをやめ、この言葉を座右の銘としたとの事です。
山門の右側(東側)に20台位停めれる駐車場があります。(満車の場合は境内にも停めれる)
こちらの寺院は岡崎市では有名なのでしょう、まあまあの参拝者。とても立派な山門(県指定文化財)をくぐり先ず左手奥にある多宝塔(重文)へ。観に行くのは物好きな私1人だけですね、柵があって近くには寄れませんが。戻って右側に鐘楼(県指定文化財)、左側の手水で身を清めてから本堂へ。手前左側に春日局の念持仏の地蔵菩薩、上から吊られた駕籠があり、回り込んで須弥壇の真ん中に本尊の阿弥陀如来坐像(県指定文化財)、平安時代末期作でいいお顔をされています。1855年の本堂焼失後に京都の泉涌寺から遷されたと伝わります。(泉涌寺は真言宗なんだけど・・・)
右側の脇間には厨子に収まっている札所本尊の如意輪観音、小さめです。
堂内にある納経所で御朱印と宝物拝観の拝観料(400円)を納めました。方丈と位牌堂が拝観出来ます。(本堂内は撮影可、有料拝観エリアは撮影不可)
方丈では将軍御成りの間などの多数の襖絵が観れるはずなのですが、文化財保護のため現在収蔵庫に保管されており非公開です。(残念) レプリカを作成中らしく、よって襖は真っ白の味気無いものに。庭とか家康を救ったという貫木(かんぬき)は観れましたけど。
それから位牌堂へ。松平8代と徳川歴代将軍(14代家茂まで)の位牌が安置されています。歴代将軍の位牌の高さは、亡くなった時の身長のサイズで作られているとの事です。(最長で秀忠の160cm、江戸時代ってそんなん?)
山門から総門(現在は大樹寺小学生南門)を通して岡崎城天守が見れます(徳川家光が伽藍配置を整備した)。この間の約3kmの直線をビスタラインと呼び、景観を護るため規制しているそうです。
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1年ぶりに岡崎城に行って来ました。岡崎城は家康公の生誕地で、周りに徳川家にまつわる神社仏閣が数多くあります。今回はその中で大樹寺と六所神社にお邪魔しました。
まずは大樹寺です。岡崎城から3km離れているそうですが、門を通してお城が見えるということで検証してみました。

お城見学した後で、大樹寺から見えるであろう角度で撮ってみました。

こちらが大樹寺の山門です。寛永18年(1641)三代将軍家光公が建立しました。徳川家の祖先の松平家の菩提寺である大樹寺からいつでもお城が見られるように配置されたそうです。
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