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楽しみ方大樹寺(松安院大樹寺)のお参りの記録一覧
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NHK『どうする家康』にも登場した大樹寺さんに参拝しました。
松平家・徳川将軍家の菩提寺で、1475年に松平家4代親忠公により勢誉愚底上人が開山しました。
かつて桶狭間の戦いで敗れた家康公が岡崎へ逃げ帰った際、大樹寺の周りを敵に取り囲まれ、これまでと自害を試みた時、住職から「厭離穢土欣求浄土、汚れた世を正し太平の世を目指す」との教えを受け、切腹を思いとどまったそうです。
また3代将軍家光公が建立した山門を起点に、岡崎城と大樹寺を結ぶ約3kmの直線は歴史的眺望「ビスタライン」と呼ばれ、岡崎を代表する景観として知られています。
平日の午前にお伺いしたのですが。
タイミングが悪く、団体バス3台ほど来ていて、大変混雑していました😅
その一方で、いただいた御朱印は日にち入りだったので(普段は『吉日』と入ってるそうです)、何事も一長一短…といったところでしょうか?
折角なので、大方丈と宝物殿(位牌堂)も拝観しました。
歴代将軍家の等身大の御位牌は、やはり興味深かったです。

愛知県岡崎市、松平家・徳川家菩提寺、大樹寺を参拝。好きな寺院で後に再訪しています。「厭離穢土欣求浄土」好きな旗印であり言葉です。桶狭間の戦いで敗れた徳川家康公が岡崎へ逃げ帰った際、大樹寺の周りを敵に取り囲まれ自害を試みた時、住職から「厭離穢土欣求浄土、汚れた世を正し太平の世を目指す」との教えを受け切腹を思いとどまったことから、家康公再起のきっかけとなった歴史的な場所です。
境内には国の重要文化財の多宝塔、本堂内は桶狭間の戦い後に大樹寺に逃げ込んだ家康公を守ったかんぬきを厨子にいれ祀った「貫木神」や歴代将軍家等身大位牌が拝観でき、見所満載です。
三門から総門を通して、岡崎城が見えるよう伽藍の配置が工夫されており、徳川家と大樹寺の関係の深さがうかがえます。

室町時代の文明7(1475)年に、松平家4代松平親忠が戦死者供養のため創建した、松平家・徳川将軍家の菩提寺として知られています。
東海地方随一の美しさと称えられる多宝塔や、冷泉為恭の描いた障壁画などの重要文化財のほか、松平8代の墓や家康公の木像、徳川歴代将軍の等身大の位牌が安置されています。
また、三門から総門を通して、はるか南方に岡崎城が見えるよう伽藍の配置が工夫されており、徳川家と大樹寺の関係の深さがうかがえます。岡崎城と大樹寺を結ぶ約3kmの直線は「ビスタライン」と呼ばれています。


「厭離穢土 欣求浄土」は、徳川家康公が旗印に使っていた言葉です。
「穢れたこの世を厭い離れたいと願い、心から欣んで平和な極楽浄土をこい願う」という意味です。家康公が松平元康という名前だったころ、桶狭間の戦いで主君である今川義元が討たれ、逃げかくれた大樹寺の、松平家のお墓の前で自害しようとした時、登誉上人が元康に言った言葉です。家康公はこの言葉をむねに、「天下泰平」を実現させるため、戦国時代を戦い抜いたのです。


桶狭間合戦後に家康が逃げ込んだ寺。
自害しようとした家康を諌めた僧。
その言葉「厭離穢土欣求浄土」。
家康が位牌を置けと遺言した。
徳川家の菩提寺。
歴代将軍の位牌がある。
ビスタライン。
が有名な寺。
駐車場は2023年2月10日から有料になったとの事。一見分かり難いので未払いで帰らない様に注意。
入ってすぐ舗装された駐車場が20台分程ある。常に満車に近い。実は、境内を抜けた所に未舗装の駐車スペースが30台分ぐらいある。
舗装された側に軽食屋があり、五平餅などが食べられる。
トイレは、右奥の分かり難い所にある。外に真新しい多目的トイレがありウォシュレット派も安心。本堂内にもトイレ有り。
まずは山門のデカさに圧倒される。
左右の小屋が連結されていて、階段で繋がっている。
ずっと見ていられる。
この山門から一直線に岡崎城が見える。
これをビスタラインと言う。
カッコ付けたイヤラしいネーミング。
門を抜けて左手奥に多宝塔がある。
家康の先々代清康により建てられたと言う室町時代の代物。
二重の塔の間に円形が加わった独特の形。
今まで見た塔の中で一番カッコいい。
ずっと見ていたい。
地面にはインドから仏教が伝わったルートを石を並べて表していたりするが、明らかに新しく追加されたもの。
多宝塔への道は、石仏パラダイス。
近代アートチックでエキセントリックな石仏
達が風化している。
解説も何も無いが、個性が強過ぎて、想像するだけで楽しい。
その横は檀家さんの墓。
何気に墓石が面白い。
石塔や石燈籠、ミニ地蔵にミニ菩薩、果ては胸像まである。
テニスのラケット像があったり、ゴルフのスイングの絵があったり、亡くなった方を身近に感じる気がする。
真新しい墓石に名前では無く、メッセージが彫られたオシャレな物も。
「大空へ」
「ありがとう」
何だか墓のイメージが変わった。
一番インパクトあったのは、首の無い裸婦像。風化具合が絶妙であった。
墓を抜けると、松平歴代当主の墓が並んでいる。
8代まで並んでいた所に、時の岡崎市長が9代目である家康の墓を建ててしまったらしい。
なぜかここに墓が無いと言うが、遺言がハッキリ残っている。
鐘楼と言う味のある建物もあるが、山門には及ばない。
お稲荷さん、熊野社、地蔵さんもいる。
石を組んだ上に石碑がある。
このビジュアルが堪らない。
脇にある石燈籠の積み方が、雑なのに風情がある。
本堂内は広く、本尊周辺をじっくり見られる。
脇にお土産ゾーンもある。
ここからは有料です。
本堂奥には、襖で区切られた和室がある。そこの屏風絵を見るゾーンが、途轍も無く寒い。
家康手植えの木などが庭にあり、開けっ放しで見る仕様だからだ。
これは夏も大変だ。
庭には石燈籠や石仏が幾つもある。
4本脚で、前脚を石に乗り上げている石燈籠。
石燈籠を支えている石仏。
イヤ〜ンとセクシーポーズを取る石仏。
困ったなぁ〜と頭をかく石仏。
大興奮だったが、有料ゾーンは写真禁止。
そして、メインの位牌コーナー。
歴代将軍の位牌がズラり。
亡くなった時の身長と同じ高さだと言う。
ここで、声のデカいボランティアの爺さんが解説をしてくれた。
最後の将軍慶喜は、亡くなった時は将軍では無いからここに位牌が無いらしい。
数日前に、8代将軍松平健が来たとの事。
松平歴代当主の位牌もあり、見応え充分。
人手が多く、見所満載。
オススメ。

愛知県のおすすめ2選🎌
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