やおとみじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方八百富神社のお参りの記録一覧
絞り込み

【愛知県 蒲郡市】(やおとみじんじゃ)
三河湾岸の中央部辺り蒲郡市の「竹島」に387mの橋を渡ります。今の時期は海風が結構厳しいのですが、橋ができた昭和7年までは参拝も当然「船」だったそうです。
周囲620mのこの島全体が「八百富神社」の境内です。遊歩道によって、島の西側は遊歩道により海沿いの岩場を楽しむこともできます。
1181年 三河国国司である「藤原俊成」が琵琶湖に浮かぶ「竹生島」の竹を2本根こそぎ持ってきて、ご神体として植えたことから『竹島』と名付けられたとも伝えられています。
竹島に渡る前に「本土」にも「遥拝所」として神社が鎮座します。こちらは「黒松」に囲まれていますが、「竹島」に渡りますと暖地性の植生が増え植物分布も大きく変わります。



蒲郡の海岸から橋が掛かり、歩いて渡ることのできる竹島。こんもりとした樹木が生い茂り、美しい海と岩の景観が素晴らしい、風光明媚な小島です。島を一周巡る遊歩道もあり、15分ほどで島の外周を巡れます。
アップダウンが結構ありますので、スニーカーなど歩きやすい靴で訪れるのをおすすめします。
歩くのが大変な参拝者のために、橋を渡る手前に遥拝場もあり、こちを熱心にお参りされている方もいらっしゃいます。
この島には、八百富神社、宇賀神社、八大龍神社、大黒神社、千歳神社の五社が祀られています。
八大龍神社は別にページができていましたので、そちらに詳細をまとめます。
本社は八百富神社。藤原俊成が三河守在任中に勧請し、その後安徳天皇の養和元年(1181年)に創建されました。
主祭神は市杵島姫命で、弁財天と同一視される神様です。神仏習合の歴史を感じます。江の島、竹生島、厳島などとともに日本七弁財天に挙げられています。
俊成卿は、三河のこの辺りの地方開発や産業発展のために勧請されたようです。『千載和歌集』の選者、定家の父親、という歌人のイメージが強かったのですが、政にも意欲的だったのかもしれません。
近くの広場ではフェスが行われて賑わっており、俊成卿も満足されていることでしょう。

参拝記念⛩️✨️
八百富神社
愛知県蒲郡市の竹島に鎮座する八百富神社へ参拝に上がらせて頂きました🙏
写真多めですみません🙏(写真が全部消えてる…)
3連休は…三重県で花火の仕事がありプライベートの時間が月曜しかなかったため、以前から気になっていた八百富神社へ上がらせて頂きました。
市杵島神社にちょっと興味を惹かれ始めた年頃です(^_^;)
先週は3003mの頂上に居たのみ今週は海抜0m…。
空気の濃度が濃ゆいです!!
そして…9月なのに暑すぎです。
こちらの八百富神社さまも例に漏れず階段が101段でお出迎えしてくださります(´;ω;`)ウッ…
境内拝見後に裏側から遊歩道へ抜けて島を1周できるようになっています。
着替えを持ってきていたらそのまま海に飛び込みたくなるくらいの暑さでした。



日本七弁天のひとつで、別名竹島弁天といい、蒲郡市沖の三河湾にある竹島に鎮座。
琵琶湖の竹生島(竹生島神社)から勧請したのが始まり。
竹島は、対岸と縁結びの橋といわれる長さ387mの竹島橋でつながり、島全体が八百富神社の境内で、国の天然記念物に指定。
【創建は、養和元年(1181年)】
1145年三河国司の三河守となった藤原俊成卿が、在任中に未開だったこの地の開拓に当たられた際、風光明媚で江州竹生島によく似ているこの島に竹生島弁才天を勧請せられたことから始まったとされています。
常に清波に島脚を洗われ、自ずと禊ぎ、不浄を近づけないようで、真の霊境との名の通りであり、養和(1181年)の頃俊成が当社奉斎の神境に定めました。
「江州竹生島弁財天を勧請した際、雑木林におおわれ竹がなかったこの島に、竹生島の竹を2本根こそぎ持ってきて、ご神体として植えた」との記述もあり、そのことから『竹島』と名付けられたとも伝えられています。(HP一部抜粋)
【御祭神】市杵島姫命
【御神徳】
開運厄除、縁結び、諸芸上達、安産等
ご朱印は、授与所で直接書いていただきました。
もっと読む



最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
































































