おおみわじんじゃ
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おおみわ神社
御祭神は大物主大神(おおものぬしのおおかみ•大国主神)
で国造りの神様です。大神神社は三輪山をご神体とするために本殿が無く、拝殿の奥にある三ツ鳥居を通して三輪山を拝みます。
鳥居を入ると空気が変わるのはお参りする度に感じます。
4月9日「春の大神祭」に参加(参拝)致しました。崇敬会の会員になって20数年。案内状がきましたので即参加と返信し本日の参拝となりました。
拝殿には来賓さん。テント下は会員にて、祝詞、お神楽等をビデオを見ての参拝です。
帰りにお弁当(直会•なおらい)のお下がりを楽しみにての参拝です。
年に一度の大祭の様子です。前日と翌日にもお祭りがあるのですが、参拝したことがないので機会があれば伺ってみたいです。
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奈良県桜井市に鎮座する日本最古級の神社の一つで、三輪山そのものをご神体とする原初的な信仰形態で知られています。創建年代は明確ではありませんが、古代から続く自然崇拝の中心地として深い歴史を持ちます。主祭神は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)で、国造りや農業、医薬、酒造など幅広いご利益をもたらす神として信仰されています。
特徴的なのは本殿を持たず、拝殿の奥にある三ツ鳥居を通して三輪山を拝する点で、山そのものが神聖視されています。三輪山への登拝も可能ですが、厳格な規則のもとで行われ、古来の信仰の形を今に伝えています。
また、境内には蛇を神の使いとする信仰もあり、「巳の神杉」などの霊木が知られています。さらに、酒造りの神としても崇敬され、全国の酒造関係者の信仰を集めています。自然と神が一体となった日本古来の信仰を体感できる特別な神社です。
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当社の創祀そうしに関わる伝承が『古事記』や『日本書紀』の神話に記されています。『古事記』によれば、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に現れ、国造りを成就させる為に「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と三輪山に祀まつられることを望んだとあります。 また、『日本書紀』でも同様の伝承が語られ、二神の問答で大物主大神は大国主神の「幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)」であると名乗られたとあります。そして『古事記』同様に三輪山に鎮まることを望まれました。この伝承では大物主大神は大国主神の別の御魂みたまとして顕現けんげんされ、三輪山に鎮しずまられたということです。 この様に記紀ききの神話に創祀そうしの伝承が明瞭に記されていることは貴重なことで、当社が神代に始まった古社中の古社と認識されており、ご祭神さいじんの神格が如何に高かったかを物語っていると言えます。 そして、ご祭神さいじんがお山に鎮しずまるために、当社は古来本殿を設けずに直接に三輪山に祈りを捧げるという、神社の社殿が成立する以前の原初げんしょの神祀りの様を今に伝えており、その祭祀さいしの姿ゆえに我が国最古の神社と呼ばれています。 「大神」と書いて「おおみわ」と読むように、古くから神様の中の大神様として尊ばれ、第十代崇神すじん天皇の時代には国造り神、国家の守護神として篤あつく祀まつられました。平安時代に至っても大神祭(おおみわのまつり)、鎮花祭(はなしずめのまつり)、三枝祭(さいくさのまつり)が朝廷のお祭りとして絶えることなく斎行され、神階は貞観じょうがん 元年(859)に最高位の正一位しょういちい となりました。延喜式えんぎしきの社格は官幣大社かんぺいたいしゃ で、のちに大和国一之宮やまとのくにいちのみやとなり、二十二社の一社にも列なるなど最高の待遇に預かりました。 中世には神宮寺じんぐうじであった大御輪寺だいごりんじ や平等寺を中心に三輪流神道が広まり、 広く全国に普及し人々に強い影響を及ぼしました。近世に入ると幕府により社領が安堵あんど されて三輪山は格別の保護を受け、明治時代にはその由緒によって官幣大社かんぺいたいしゃとなりました。現在も国造りの神様、生活全般の守護神として全国からの参拝があり、信仰厚い人々に支えられて社頭は賑わっています。
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等彌神社から車を15分程 北へと走らせ🚐💨、目的地への途中「少し手を合わせて行くか🙏」と寄り道しての参拝です。
※細君は『柿の葉寿司』の購入が目的だった様ですが・・・😅
・主祭神:大物主大神
・神体:三輪山
・社格等:大和国一宮
・創建:不詳(有史以前)
🐍白蛇伝説🐍
その昔、崇神(すじん)天皇の頃のお話です。天皇の娘・倭迹迹日百襲姫(やまとととびももそひめ)は、非常に美しい娘だったそう。そこへ毎夜、見目麗しい男が通ってきます。男は夜にしか現れないので、娘が「一度お昼に顔を見せてほしい」と頼みます。男は「それならば、明朝に、お前の櫛箱の中に入っていよう、ただし、姿を見ても驚いてはいけないよ」と。約束通り、朝になり櫛箱を覗いた娘は、そこに白蛇がいるのを見て、ギャッと驚いてしまいました。男は怒り、「二度と来ない」と言って娘の元を去っていきます。男は、三輪の神様・大物主神(おおものぬしのみこと)でした。白蛇が三輪山の神様の化身だったというわけです。その後、悲しみに暮れた娘は、自らのホト(陰部のこと)を箸で突いて死んでしまいました。今もお墓は「箸墓(はしはか)古墳」として残っています。
そして、御祭神がお山に鎮まる為に、古来本殿を設けずに直接に三輪山に祈りを捧げるという、神社の社殿が成立する以前の原初の神祀りの様を今に伝えており、その祭祀の姿ゆえに我が国最古の神社と呼ばれています。
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本日ラストは大神神社へ
職場の方におすすめされて、今回最大に行きたかった場所でもあります。
奈良駅から30分三輪駅へ
途中の駅の名前が八割読めず、姉とふたりで予想しながら正解を見てまたびっくり。普段行かない所へ行く醍醐味を感じました。
三輪駅から10分
大神神社へ
入口から感じる圧巻的な入口
ブワッお出迎えされたかのような風と空気感に、言葉が出ませんでした。中を歩くと、更にヒヤッとする空気感で思わず深呼吸。素人ながらに何か感じるかも、と思わせる何かがありました。更になんと体の軽いこと。体が少し浮いているかのように体が軽く、初めての感覚でした。
神様に手を合わせて、ご挨拶。
その後御朱印を頂きました。大神神社の刺繍の入った御朱印帳があり、欲しくなりましたが、またご縁があることをいのり我慢しました。
大神神社の力を感じたので、神様の御加護を信じお守りを買いました。信じるものこそ救われると信じ、これからの日々が周りにとって自分にとって笑顔多きものでありますようにと、願いを込めます。
今日はとても充実した一日で、奈良の魅力を心で感じました。また行きたいです!
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大和國一之宮 大神神社参拝⛩️ 奈良県15 一之宮巡り
大和神社から30分ほどで到着🚗
最古の神社と言われる大神神社、鳥居から先は神聖な雰囲気が漂っていました。
平日でしたが、参拝者は沢山、第一第二駐車場ほぼ満車でした。
駐車場も沢山あるみたいですね😅
古事記や日本書紀に登場する神社に参拝しているとは不思議な感覚でした✨
授与所でも神職の方が親切に対応していただき心温まる思いでした🙏
由緒
当社の創祀に関わる伝承が『古事記』や『日本書紀』の神話に記されています。
『古事記』によれば、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に現れ、国造りを成就させる為に「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と三輪山に祀られることを望んだとあります。
また、『日本書紀』でも同様の伝承が語られ、二神の問答で大物主大神は大国主神の「幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)」であると名乗られたとあります。
そして『古事記』同様に三輪山に鎮まることを望まれました。
この伝承では大物主大神は大国主神の別の御魂として顕現され、三輪山に鎮まられたということです。
この様に記紀の神話に創祀の伝承が明瞭に記されていることは貴重なことで、当社が神代に始まった古社中の古社と認識されており、ご祭神の神格が如何に高かったかを物語っていると言えます。
そして、ご祭神がお山に鎮まるために、当社は古来本殿を設けずに直接に三輪山に祈りを捧げるという、神社の社殿が成立する以前の原初の神祀りの様を今に伝えており、その祭祀の姿ゆえに我が国最古の神社と呼ばれています。

所在地:奈良県桜井市三輪1422
主祭神: 大物主大神
御神体:三輪山
社 格:式内社(名神大)、大和国一宮、二十二社(中七社)、旧官幣大社、別表神社
創 建:不詳
由 緒
大神神社の創祀そうしに関わる伝承が『古事記』や『日本書紀』の神話に記されています。『古事記』によれば、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に現れ、国造りを成就させる為に「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と三輪山に祀まつられることを望んだとあります。
また、『日本書紀』でも同様の伝承が語られ、二神の問答で大物主大神は大国主神の「幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)」であると名乗られたとあります。そして『古事記』同様に三輪山に鎮まることを望まれました。この伝承では大物主大神は大国主神の別の御魂みたまとして顕現けんげんされ、三輪山に鎮しずまられたということです。
この様に記紀ききの神話に創祀そうしの伝承が明瞭に記されていることは貴重なことで、当社が神代に始まった古社中の古社と認識されており、ご祭神さいじんの神格が如何に高かったかを物語っていると言えます。
そして、ご祭神さいじんがお山に鎮しずまるために、当社は古来本殿を設けずに直接に三輪山に祈りを捧げるという、神社の社殿が成立する以前の原初げんしょの神祀りの様を今に伝えており、その祭祀さいしの姿ゆえに我が国最古の神社と呼ばれています。
「大神」と書いて「おおみわ」と読むように、古くから神様の中の大神様として尊ばれ、第十代崇神すじん天皇の時代には国造り神、国家の守護神として篤あつく祀まつられました。平安時代に至っても大神祭(おおみわのまつり)、鎮花祭(はなしずめのまつり)、三枝祭(さいくさのまつり)が朝廷のお祭りとして絶えることなく斎行され、神階は貞観じょうがん 元年(859)に最高位の正一位しょういちい となりました。延喜式えんぎしきの社格は官幣大社かんぺいたいしゃ で、のちに大和国一之宮やまとのくにいちのみやとなり、二十二社の一社にも列なるなど最高の待遇に預かりました。
中世には神宮寺じんぐうじであった大御輪寺だいごりんじ や平等寺を中心に三輪流神道が広まり、 広く全国に普及し人々に強い影響を及ぼしました。近世に入ると幕府により社領が安堵あんど されて三輪山は格別の保護を受け、明治時代にはその由緒によって官幣大社かんぺいたいしゃとなりました。現在も国造りの神様、生活全般の守護神として全国からの参拝があり、信仰厚い人々に支えられて社頭は賑わっています。(HPより)

今までお守り頂けました腕輪守り様、御守り様、
そして以前仕事の帰り道に出会い・拾い上げた『合格祈願』の御守り様をお納めすると同時に、
また御縁を頂きたく御参拝に上がらせて頂きました。
今日は寒さが厳しいのもあったのですが
風がとんでもなく強く、ビックリしました💦💦
特に『久延彦神社』へ御参拝に上がらせて頂いた時が本当に強烈でごうごうと風が吹きすさんでいて💧💧
今まで御参拝させて頂けた中で一番風が凄かったです(←どんな振り返り……)
手が冷たすぎて御朱印のページが開けず……
社務所の巫女さんに助けて頂きました……
本当に申し訳ありません……😣💦⤵️、としか💧💧
狭井神社で御朱印・御神水を授けて頂けました。
本当は2Lを授けて頂きたかったのですが
帰りの飛行機が頭によぎり断念💦💦
そういえば前回ご馳走になったお食事処が
『定休日』で悲しかった……(;つД`)

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