えばらじんじゃ
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荏原神社について
しながわ百景にも選ばれた眺め
目黒川に架かる当社への参道でもある鎮守橋から眺める姿は「鎮守橋から新緑の荏原神社を望む」としてしながわ百景にも選定されています。
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天王洲アイルでの昼食の後、北品川への道すがら参拝。入口脇の大きな恵比寿様が飛び切りのスマイル。かなり良いことが舞い込んできそうな予感を抱かせてくれる。
和銅2年(709年)創建。源氏、上杉氏、徳川氏など多くの武家の信仰を受け、東海七福神の1社として恵比寿神を祀る。
社務所に人はおらず、書き置きの御朱印の山とペンが置かれている。初めて御朱印に自ら年月日を記載。神聖な紙に私の個性的な文字を書き込む‥ちょっとドキドキ。
妻から「今日、何日だっけ?」と尋ねられて、咄嗟に「十七日だったよね。」と応える。それぞれ書き込んで、帰り道でふと1日勘違いしていたことに気付く。痛恨のミス‥心の広い神様はきっと笑って受け入れてくれると信じたいと思います😅

秋ですねぇ🍁

ニッコニコの恵比寿さま

落ち着いた佇まい


北品川の目黒川沿いに鎮座する荏原神社。
当初参拝予定には入っていなかったのですが、品川神社を参拝後にそれほど離れていないことを知り、急遽上がらせていただきました。
こちら荏原神社は、「当社に祈願すれば叶わぬことは無い」といわれているようです。
凄い!!
もちろん祈願するだけでなく、願いを叶えるための努力をしなければ叶えてはくれないのでしょうけど😅
ちなみに事前にこちらのことを調べずにお参りしたため後から後悔することに。
天気もあまりよくなかったこともあるのですが、もう少し上を向いてお参りすればよかった・・・😅
実は拝殿の屋根の両横から龍が顔を出して見下ろしていらっしゃっることを後日知りました。
(荏原神社さまのHPにはそちらの写真が掲載されていましたので、ご興味ある方はそちらをご覧ください)
社務所の窓は閉まっていてどなたもいらっしゃらない様子。
御朱印はいただけないだろうなと思いつつも、なぜか私の足は社務所にほうに向いていました。
そしてなんと書置きが入った箱があるではありませんか!
初穂料を納めさせていただき、書置き御朱印を拝受いたしました。
そして鳥居前で一礼し、神社を後にしようとしたところ、急に雨が降り出してきました。
神様からお返事をいただいたようでとても嬉しく思いました。
<御祭神>
中央:高龗神
右座:天照皇大神 豊受姫之神 須佐男之神
左座:手力雄之神 大鳥大神 恵比須神
<御由緒>~荏原神社HPより~
荏原神社は元明天皇の御代、和銅2年(709年)9月9日に、奈良の元官幣大社・丹生川上神社より高龍神(龍神)を勧請し、長元2年(1029年)9月16日に神明宮、宝治元年(1247年)6月19日に京都八坂神社より牛頭天王を勧請し、古より品川の龍神さまとして、源氏、徳川、上杉等、多くの武家の信仰を受けて現在に至っています。明治元年には、准勅祭社として定められました。神祗院からは府社の由来ありとされました。現在の社殿は弘化元年(1844年)のもので、平成20年で164年を迎えました。
往古より貴船社・天王社・貴布禰大明神・品川大明神と称していましたが、明治8年、荏原神社と改称。旧荏原郡(品川、大田、目黒、世田谷)の中で最も由緒のある神社であったことから、荏原郡の名を冠した社号になりました。神殿に掲げる荏原神社の扁額は、内大臣三条実美公、貴布禰大明神の扁額は、徳川譜代大名源昌高のお染筆です。
古より当社に祈願すれば叶わぬことは無いといわれ、勝運、学問、商売繁盛、交通安全、病気平癒、家内安全、恋等に特別の御神徳があります。

社号標

鳥居
実はこの写真を撮るのに、鳥居前で20分くらい待機・・・
直前まで何かツアーなのか、多くの方が参拝後、拝殿前で何かお話しをされていたようでした。

鳥居のすぐ近くには恵比寿像
東海七福神めぐりの一社でもあります

手水舎


拝殿



鳥居前の目黒川にかかる鎮守橋


遠征⑤品川『荏原神社』南品川宿の鎮守様☆南の天王さん参拝!
歴史と趣を感じる目黒川沿いの境内は静かな佇まい🌿
屋根から龍神様がニョロリと覗いている御社殿は、江戸時代に造営されたもので彫刻も素晴らしい!二匹の子狛を連れた可愛いらしい狛犬さんにも会えます(๑•̀ㅂ•́)و✧
品川の北と南、、立地や雰囲気が全く異なる品川神社との歴史的な関係や、品川宿の発展と目黒川の付け替えの影響、源氏・徳川家との御縁など色々と興味を持ちました。
入口には恵比寿様、川沿いを奥に進むと境内三社(八幡宮・稲荷神社・熊野神社)があり魅力的です♪
二月の寒緋桜🌸とても美しいそうです~
お花見参拝に伺ってみたい (*´μ`*)

目黒川に架かる鎮守橋も参道
とても素敵(*'‐'*)♪
橋を渡るとすぐに鳥居

弘化元年(1844)から現存の御社殿✨
屋根の左右から二頭の龍神様が顔を出している!
歴史ある素晴らしい彫刻も必見!!

御朱印
品川宿元総鎮守とありますが、、品川神社との歴史的な関係も興味深い

この鳥居の景色は、二月の寒緋桜の時が最高らしい🌸
次は~見られたらいいな (*^-^*)

まずは恵比寿様にご挨拶🙏

さて参拝~
和銅二年(709)に龍神様(水神)を祀る神社として創建

屋根からの龍神様✨✨
画像が悪いけれどいるのです~
見られて良かった(^∇^)

たくさん素晴らしい彫刻があるのですが、、
立派なカメラで熱心に撮影されている方がいらしたので隅だけ(笑)
しかも上手く撮れませんでした (;´ρ`)

二匹の子狛ちゃんを連れた素敵な狛犬さん
このタイプは品川神社にもいますが、こちらも素晴らしい!
親に纏わり付く仔犬達の様子が愛くるしくてたまりません💓

足元で二匹の仔犬がじゃれています🎶

鳥居の先には境内三社(八幡宮・稲荷神社・熊野神社)


御社を囲むような御神木の迫力がスゴイ

元品川総鎮守とありますが…
『荏原神社』と『品川神社』
歴史の中で色々あったようですね

社務所
インターホンを押すと親切に対応していただけます🎵
あちこち立入禁止にしているのは、無断駐車や迷惑行為があるからとのこと。
色々と大変なのですね、、

神楽殿


夕暮れの目黒川も美しい
例祭・神事
例祭・神事をもっと見る|歴史
荏原神社は元明天皇の御代、和銅2年(709年)9月9日に、奈良の元官幣大社・丹生川上神社より高龗神(龍神)を勧請し、長元2年(1029年)9月16日に神明宮、宝治元年(1247年)6月19日に京都八坂神社より牛頭天王を勧請し、古より品川の龍神さまとして、源氏、徳川、上杉等、多くの武家の信仰を受けて現在に至っています。明治元年には、准勅祭社として定められました。神祗院からは府社の由来ありとされました。現在の社殿は弘化元年(1844年)のもので、平成20年で164年を迎えました。
往古より貴船社・天王社・貴布禰大明神・品川大明神と称していましたが、明治8年、荏原神社と改称。旧荏原郡(品川、大田、目黒、世田谷)の中で最も由緒のある神社であったことから、荏原郡の名を冠した社号になりました。神殿に掲げる荏原神社の扁額は、内大臣三条実美公、貴布禰大明神の扁額は、徳川譜代大名源昌高のお染筆です。
古より当社に祈願すれば叶わぬことは無いといわれ、勝運、学問、商売繁盛、交通安全、病気平癒、家内安全、恋等に特別の御神徳があります。
荏原神社の基本情報
| 住所 | 東京都品川区北品川2-30-28 |
|---|---|
| 行き方 | 京急本線新馬場駅南口徒歩5分
|
| 名称 | 荏原神社 |
|---|---|
| 読み方 | えばらじんじゃ |
| 通称 | 南の天王社 |
| 参拝料 | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| ホームページ | http://ebarajinja.org/ |
巡礼の詳細情報
| 東海七福神 第4番 | 仏さま:恵比寿 |
|---|
詳細情報
| ご祭神 | 《主祭神》 高龗神 天照皇大神 須佐之男尊 豊受姫之命 日本武尊 手力雄之尊 |
|---|---|
| 創建時代 | 和銅二年(709) |
| ご由緒 | 荏原神社は元明天皇の御代、和銅2年(709年)9月9日に、奈良の元官幣大社・丹生川上神社より高龗神(龍神)を勧請し、長元2年(1029年)9月16日に神明宮、宝治元年(1247年)6月19日に京都八坂神社より牛頭天王を勧請し、古より品川の龍神さまとして、源氏、徳川、上杉等、多くの武家の信仰を受けて現在に至っています。明治元年には、准勅祭社として定められました。神祗院からは府社の由来ありとされました。現在の社殿は弘化元年(1844年)のもので、平成20年で164年を迎えました。
|
| ご利益 | 家内安全五穀豊穣 |
| 体験 | 祈祷おみくじ御朱印お守り祭り札所・七福神巡り |
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