いわづたじんじゃ
石津太神社大阪府 石津川駅
社務所/8:30〜16:00
御朱印 | |||
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限定 | - | ||
御朱印帳 | - | ||
駐車場 | あり |
和泉国大鳥郡の式内論社です。大阪にある「○太神社」のひとつです。境区石津町の石津神社は同じく論社に挙げられる神社で、この両社は本社と御旅所の関係だったと言われています。
《鳥居と社号碑》
《五色の石》
👁チェックポイント‼️
石津神社にも同じく五色の石の伝承があり、あちらは神社前にあるのに対し、当社は鳥居の交差点を挟んだ向かいにあります。この場所の下に埋まっているそうです。
《鳥居の扁額》
「石津大社神社」と書かれています。この名前で『延喜式』神名帳には記載されています。
《祭事一覧》
《境内》
一の鳥居の横から細道ですが中に入れます。
《拝殿前の鳥居》
👁チェックポイント‼️
石津神社の方は降臨したのが八重事代主命様とされていますが、こちらでは蛭子命さまがおのころ島から流れ着いた地と伝承されています。
どちらも恵比寿さんではありますが、系統が分かれています。
《拝殿》
諏訪神社が合祀されていますが、社殿が別にされているので拝所が横に並んでいます。
《御神木》
《末社・磐山稲荷社》
いつもお世話になって(🤛
《社務所》
現在も開いています。
御朱印は感染予防で書き置きでいただきました🙏
名称 | 石津太神社 |
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読み方 | いわづたじんじゃ |
通称 | 石津の戎さん |
参拝時間 | 社務所/8:30〜16:00 |
参拝にかかる時間 | 約10分 |
参拝料 | なし |
トイレ | なし |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
ご祭神 | 《主》蛭子命,八重事代主命,天穂日命,《配》天照大神《合》建御名方富命, |
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ご神体 | 不詳 |
創建時代 | 孝昭天皇七年(紀元前469年) |
創始者 | 不詳 |
本殿 | 一間社流造,春日造 |
体験 | 祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬七五三御朱印お守り祭り伝説 |
概要 | 石津太神社(いわつたじんじゃ)は、大阪府堺市西区にある神社である。旧社格は村社。 同市堺区石津町の石津神社(いしづじんじゃ)とともに、式内小社「和泉国大鳥郡 石津太神社」の論社であり、どちらも「日本最古の戎社」を称している。 |
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歴史 | 歴史[編集] この地は元は浜辺であり、伝承では、伊奘諾命・伊奘册命によって流された蛭子命がこの地に漂着し、携えてきた五色の神石を置いたという。蛭子命が漂着した場所を「石津の磐山」、「五色の石」を置いた場所を「石津」という。鳥居の前の交差点に「五色の石」を地下に埋めたとされる場所があり、その場所を示す地上部分に石が置かれている。 孝昭天皇7年8月10日、勅命により蛭子命を祀る社殿を造営し、八重事代主命・天穂日命を合祀した。平安朝以後、朝廷の崇敬を受け、幾度の御幸の記録もある。かつては広大な社領を有していたが、元和年間以後、数度の兵火により社殿を焼失した。豊臣秀吉が大阪城を築城した際、裏鬼門...Wikipediaで続きを読む |
行事 | 祭事[編集] 毎年、12月14日には「泉州の奇祭」と言われる「ヤッサイホッサイ祭り」と呼ばれる火祭が行われる。これは、往古蛭子命が漂着した際、付近の住民が篝火を炊いて迎えたと言う古儀に因む。 願い事を書いた紙を貼った108束のご神木を参道に積んで神職が点火し、燃えて倒れた方角で吉凶を占う。東に倒れることを「おかましや」といい豊穣に、西に倒れることを「はまましや」といい豊漁になると言われる。次いで戎神に仮装した神人を3人の男衆が担ぎ、火渡りを3度繰り返し社地を3周する際に「やっさいほっさい」と言う掛声をする。戎神の火渡りが終わると参拝者たちが火渡りを行う。もみ消した灰や燃え殻は、歯痛などの...Wikipediaで続きを読む |
引用元情報 | 「石津太神社」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E7%9F%B3%E6%B4%A5%E5%A4%AA%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=83482350 |
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