しょうげんじ|臨済宗大徳寺派|放光山
正眼寺神奈川県 箱根湯本駅
8:00~16:00
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方続けるにはログインまたはアカウント登録が必要です。
鎌倉時代に地蔵信仰から生まれたお寺。裏山にある曽我堂には県、および町の重要文化財指定の曽我兄弟木造地蔵菩薩立像が祀られており、境内には供養塔、槍突石など、曽我兄弟ゆかりのものが多く残っています。
境内に大きく枝を張る枝垂れ桜が見事。

放光山正眼寺は、旧東海道沿いにある臨済宗大徳寺派の寺院で、ご本尊は薬師如来になります。本堂の裏山には"曽我仇討"で有名な曽我兄弟の菩薩供養のために建立された「曽我堂」があります。
正眼寺は、鎌倉時代初めの箱根山を中心とした地蔵信仰に由縁し、湯本に建立された「放光堂」と呼ばれる地蔵堂の別当坊として創建されました。当時は密教系の寺院で勝源寺と宛てていました。
戦国時代に一時衰退しましたが、江戸時代の初め、江戸深川の材木商冬木屋の援助と、小田原城主大久保氏により境内地と地蔵田が安堵され再興しました。再興開山に、早雲寺17世菊径宗存を招請し、臨済宗大徳寺派に属す禅寺になりました。東海道を旅する人達の信仰で賑わったといいます。
しかし、慶応4年の戊辰戦争時「山崎の戦い」において敗走する佐幕派の遊撃隊に放火され、地蔵堂、曽我堂ともに焼失してしまいました。幸い、曽我堂の地蔵尊は難を逃れたといいます。現在の本堂は、湯本湯場にあった今村繁三(今村銀行頭取)の別荘を移築したものになります。
もっと読む正眼寺は、鎌倉時代に箱根山に広まっていった地蔵信仰の中で生まれた寺です。
創建年代は定かではありませんが、この寺の前身である湯本資地蔵堂の別当寺として鎌倉前期には存在し、その頃は勝源寺と呼ばれていました。戦国時代には一時衰微しましたが、江戸時代になりますと江戸屈指の材木問屋であった冬木屋初代上田直次の妻・本光院(志な)の施資により諸堂が再建され、また小田原城主大久保氏より境内地と地蔵田が安堵されて復興しました。再興開山には早雲寺一七世菊径宗存を招請し、この時より当寺は臨済宗大徳寺派に属す禅寺となり今日に至っています。












| 住所 | 神奈川県足柄下郡箱根町湯本562 |
|---|---|
| 行き方 | ・箱根登山鉄道「箱根湯本駅」より徒歩16分程
|
| 名称 | 正眼寺 |
|---|---|
| 読み方 | しょうげんじ |
| 参拝時間 | 8:00~16:00 |
| 電話番号 | 0460-5-5638 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ご本尊 | 薬師、(長一尺五寸餘、運慶作) |
|---|---|
| 山号 | 放光山 |
| 宗旨・宗派 | 臨済宗大徳寺派 |
| 文化財 | ・木造伝曽我五郎地蔵菩薩立像(鎌倉時代)(県重要文化財)
|
| ご由緒 | 正眼寺は、鎌倉時代に箱根山に広まっていった地蔵信仰の中で生まれた寺です。
|
| 体験 |
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ