ゆぎょうじ(しょうじょうこうじ)|時宗 <時宗遊行寺総本山>|藤沢山
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楽しみ方時宗総本山 遊行寺(正式:清浄光寺)のお参りの記録一覧
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藤沢市西富にある時宗総本山 清浄光寺、通称「遊行寺」にお参りしました。
遊行とは、僧が諸国を巡り歩いて仏教の教えを説き人々を導くこと。宗祖である一遍上人は、「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」のお札を配りながら、日本各地をまわり遊行して踊り念仏を行いました。
遊行寺は、正中2年(1325)廃寺になっていた極楽寺を再興して遊行四代・呑海上人が建立したのが始まりです。お上人さんが遊行の後に隠居なさる寺で、他のお寺の指導をする場所でもあることから本山になったといわれています。
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この日はもともと用事があって藤沢に来たのですが、メインはすっかり神社仏閣巡りに。さらに遊行寺は初めてだったのでお参りできるのをずっと楽しみにしてました。広い境内で写真映えするお庭や歴史の史跡があちこちに見られ、暑さを忘れて夢中で巡りました🎶そして何より時宗というか一遍上人、私けっこう好きかも😊またお参りしたいです。その時は御朱印帳をいただこうと思います。
(参照)
遊行寺ホームページ


言わずと知れた時宗大本山❣️遊行寺さまへの参拝でございます。
正式名は「藤澤(沢)山無量光院清浄光寺」と称することから、この藤沢の名前の由来になったのではと察せられます。
この辺はワタクシのナワバリでねー、この大寺の前を毎日のように行ったり来たりしてるのに一向にお詣りしないフトドキ者❣️
商売繁盛を願うなんてモッテのほか☝️と疾しい気持ちをココロに秘めつつ、姿勢を正して山門をくぐりました。←嘘

御本堂
リッパです❣️大きいです❣️
さすが総本山👍
江ノ島は知ってても、それが藤沢市だとは誰も知らない😭
でもこの遊行寺さんをはじめ、日蓮上人龍ノ口法難の龍口寺さんや源義経ゆかりの白旗神社があったりと、けっこうイケてるお寺さんお宮さんがあるのヨ☝️
鎌倉ばっかりじゃなく藤沢にも来てネ😉

境内案内図
ゆ〜っくりまわると30分くらいはかかります。



今回は藤沢・平塚へ
まずは時宗の総本山遊行寺(清浄光寺)にて御朱印を頂きました。
惣門から入り、大きな黒の冠木門で遊行寺の黒門と呼ばれています。
惣門の脇にある青銅製灯籠は天保13年の建立です。
参道(いろは坂)は阿弥陀様の四十八願にたとえて、四十八段と呼ばれています。
いろは四十八文字から、「いろは坂」の愛称で親しまれています。
大銀杏は樹齢700年といわれ、藤沢市の天然記念物に指定されています。
地蔵堂は大正12年の関東大震災で地蔵堂も倒壊したため、応急処置を施して本堂内に安置されてきましたが
東日本大震災を機に、震災・風水火災で亡くなられた方々の鎮魂の為に発願し建立されました。
時宗の宗祖の一遍上人の像がありました。
本堂は木造銅葺、木造としては東海道随一といわれています。
関東大震災で倒壊したのち、昭和10年上棟、同12年に落成しました。
外陣長押に後光厳天皇の勅額「清浄光寺」を掲げています。
ご本尊は阿弥陀如来です。
鐘楼は南北朝時代、正平11年、北朝の延文(えんぶん)元年(1356)に造られています。
朱雀門は安政六年(1859)に建立された、遊行寺境内で最も古い建造物です。
四脚門で、高さ約6メートル、幅約2メートル70センチ。大棟に皇室との深いつながりを示す菊の御紋、
屋根の下に徳川家の家紋である葵の御紋が刻まれています。建立者は紀伊大納言徳川治宝といわれています。
1880年の藤沢宿大火の被害は免れましたが、1923年の関東大震災では倒壊しました。その後、そのままの形で再建され、現在にその姿をとどめています。
境内には須賀神社が鎮座し
ご祭神は宇賀弁財天です。徳川氏の祖とされる有親の守り本尊と伝わります。
歴代上人御廟所は歴代の上人のお墓になります。
御番方は信徒・団参の方々が入る入口です。
明治13年(1880)11月の大火で類焼し、大正2年(1913)2月23日上棟されました。
関東大震災によって、本堂・大書院その他多くの建物と同様に倒壊しましたが、
すぐに倒壊当時の古材をもって再建されました。
なおこの建物に施されている彫刻類は、一部江戸時代の彫り物をそのまま使用したのではないかと言われています。
俣野大権現社は埼玉県長久寺によって寄進建立されたもので、ご祭神は俣野五郎景平です。
開山呑海上人の兄であり、また当時の大檀越でもありました。
貞和年中(1345~49)に没し、のち俣野大権現として山内の文学蔵と称される土蔵の前に祀られていました。
酒井忠重逆修六地蔵は藤沢山の住持十七世他阿慈光(じこう)上人(遊行三十九代)の代に建立されました。
施主の酒井長門守忠重は出羽鶴岡城主酒井忠勝の弟で逆修のために建立されたとされます。
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24.12.08。先の諏訪神社より徒歩3分。藤沢市西冨にある時宗総本山。
遊行寺① 昼の部
【遊行寺と藤沢】
当山の正式名称は、藤沢山無量光院清浄光寺です。遊行四代呑海上人以来、遊行上人が住まわれるお寺として『遊行寺』の名で親しまれています。「遊行」とは、僧侶が布教しながら各地を巡り歩くことです。
宗祖一遍上人は遊行中、念仏札を配る「賦算」を通して人々に結縁を勧め、「踊り念仏」を通して人々と念仏の歓びを分かち合われました。
藤沢は遊行寺の創建時より門前町として栄え、行政・経済・文化などにおいて遊行寺と深い結びつきを持ちながら、旧東海道の「藤沢宿」、そして今日の「藤沢市」へと発展していきました。
〜御朱印挟み紙より〜
ライトアップに(12月7日〜22日)合わせて参詣。境内の樹齢700年とも伝わるイチョウの大木と東海道随一といわれる木造本堂のライトアップが見応え充分でありしました。写真が多いので昼の部と夜の部とを分けて投稿させて頂きます。



正式名:藤沢山無量光院清浄光寺
通称:遊行寺
神奈川県藤沢市にある時宗総本山の寺院。
開山は俣野の地頭であった俣野氏の出身である遊行4代他阿呑海上人で、兄である俣野五郎景平の寄進により正中2年(1325)に創建された。
創建以来、数度にわたる戦火、火災により堂宇は度々焼失し、その都度復興してきた。
永正10年(1513)の兵火により全山を失った際は、当時、遊行21代他阿知蓮上人が滞在されていた駿河長善寺に本尊を移し、その後ようやく藤沢に再興されたのは慶長12年(1607)のことであった。
そして寛永8年(1631)に江戸幕府寺社奉行から諸宗本山へ出された命により、清浄光寺は『時宗藤沢遊行末寺帳』を提出し、幕府から時宗総本山と認められた。
現在の遊行寺は東海道随一と謳われる木造本堂をはじめとした伽藍や樹齢700年と推定される大銀杏などを有する修行道場として、また市民の憩いの場として今日に至っている。
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