あかさかふどうそんいとくじ|真言宗智山派|智劔山
赤坂不動尊威徳寺公式東京都 赤坂見附駅
参拝可能時間9:00〜19:00
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楽しみ方人を継なぐお寺。赤坂不動尊威徳寺。
たくさんの方が葬儀や法事以外で集まれる場所を目指しています。

友人と参拝
豊川稲荷東京別院を後にして向かったのは、赤坂の繁華街に佇む赤坂不動尊威徳寺。
飲食店やビルが立ち並ぶ都会の真ん中。夜になれば大人の街として賑わうこの場所を歩いていると、二十歳になった頃のことを思い出しました。父が成人のお祝いに赤坂の料亭へ連れて行ってくれた日。少し緊張しながら、人生で初めて日本酒を飲みました。確か久保田の萬寿だったと思います。大人になったことが嬉しかったような、少し照れくさかったような。今では亡き父との懐かしい思い出です。
威徳寺は、古木や石段に囲まれた寺院とは趣が異なります。ビルが立ち並ぶ都会の風景の中にあり、建物の中にはお墓もあるようでした。限られた都市空間の中で、人々の祈りや供養を支えている現代的なお寺という印象です。
山や森に抱かれた寺院とは違い、この街の一部として自然に息づいているようにも感じました。古き良き寺院とはまた違う姿でありながら、人々の暮らしに寄り添う場所であることに変わりはありません。
赤坂の街並みの中で、ふと二十歳の頃の記憶がよみがえる。今回の参拝は、都会のお寺を訪ねる旅であり、昔の自分との再会でもありました。
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●赤坂不動尊威徳寺の起源
805年、伝教大師が帰国の航海中、暴風を鎮めるため自作の不動明王像を海に沈めて祈願した。858年、その像が越後出雲崎で漁師により発見され、信仰の対象となったのが寺の始まりとされる。
●源氏・北条氏の崇敬
平安時代後期には源頼義が戦勝祈願を行い、1063年に下総国米沢に像を遷座。鎌倉時代には北条時宗が文永の役に際して祈願し、寺運が隆盛を極めた。
●江戸期の移転と発展
1600年、住僧良台が本尊の霊告に従い、現在の赤坂一ツ木の地に寺を移転。溜池を望む地勢から「池見山」と称し、のちに「智剣山」と改められた。
●徳川家との関わり
江戸時代には紀州徳川家の祈願寺として庇護を受け、多くの寺宝を伝える。内陣には徳川家奉納の厨子や仏具が現存する。
●信仰と霊験
御府内八十八ヶ所霊場の第75番札所。江戸の火災や震災、戦災を免れたことから霊験あらたかな不動明王として今も広く信仰されている。

| 住所 | 東京都港区赤坂4-1-10 |
|---|---|
| 行き方 | 東京メトロ赤坂見附駅から徒歩2分、赤坂駅から徒歩5分 |
| 名称 | 赤坂不動尊威徳寺 |
|---|---|
| 読み方 | あかさかふどうそんいとくじ |
| 通称 | 赤坂不動尊 |
| 参拝時間 | 参拝可能時間9:00〜19:00 |
| 参拝にかかる時間 | 本堂参拝10分境内全体60分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | 各階 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 03-3583-1128 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://www.akasakaitokuji.com/ |
| おみくじ | あり |
| お守り | あり |
| SNS |
| 御府内八十八箇所 第75番 | ご本尊・ご祭神:不動明王 御詠歌: われ住まば よも消えはてじ善通寺 深きちかいの法のともしび |
|---|
| ご本尊 | 不動明王 |
|---|---|
| 山号 | 智劔山 |
| 院号 | 遮那院 |
| 宗旨・宗派 | 真言宗智山派 |
| 創建時代 | 1600 |
| 開山・開基 | 良台 |
| ご由緒 | 延暦24年(805)伝教大師が唐より帰国の途中、暴風雨のため、船が沈みそうになり、御自作の不動明王を海に沈めて祈願し、無事帰国しました。
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| ご利益 | |
| 体験 | |
| 供養 | |
| Youtube | |
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