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ほうきょういん|臨済宗単立善入山

宝筐院
京都府 トロッコ嵐山駅

宝筐院について

室町幕府2代将軍・足利義詮と南朝の忠臣・楠木正行の菩提寺。
なお、過去にマナーの悪いカメラマンによるトラブルが頻発したため、一脚・三脚は持ちこみ禁止。カメラも原則スマホかコンデジのみ。撮影のみを目的とした拝観はお断りしております。

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年03月03日(火)3246投稿

宝筐院は京都市右京区にあるお寺です。
清凉寺のすぐそばにあります。
私は何も知らずに散策で参拝したのですが こちら宝筐院は庭園が有名なお寺です。
山門に柵がありますが 横の戸が開いていましたので中の様子を伺うと 参拝のための券売機が見えましたので ありがたく中に入らせていただきました。
時刻が遅かったこともあるでしょうが 参拝者は私と妻だけでした。
寺務所には庭園のモミジが美しく紅葉している写真がありました。
「ここはお庭が有名なお寺なんやね。」
お庭の戸を開けてお庭に入ります。
まあ見事に苔が敷き詰められています。
苔にもいろいろあるようなのですが 確か「杉苔」っていう種類が私は好きです。
苔を楽しみながら歩いていますと 本堂に石畳が続いていました。
本堂に上がらせていただくと ご本尊の十一面千手観音像を拝顔することができました。
合掌。
本堂裏手には 紅梅と白梅が花をつけていました。
30分ほどでしたが 美しいお庭を楽しませていただきました。
モミジの木がたくさんありましたので 紅葉の季節にまた訪れたいと思いました。

ネット情報です。
山号は善入山
宗旨宗派は臨済宗系単立
ご本尊は十一面千手観世音菩薩
開基は白河天皇
中興は黙庵周諭です。
平安時代に白河天皇の勅願寺として建立された。
当初の寺名は善入寺と称した。
南北朝時代の貞和年間(1345年 - 1350年)に夢窓疎石の高弟・黙庵周諭が臨済宗の寺として中興開山し 黙庵に帰依した室町幕府第2代将軍足利義詮によって観林寺と寺名を改められ伽藍の整備が行われるが ほどなく寺名は善入寺に戻された。
寺伝によれば 南朝を代表する武将の楠木正行(小楠公。楠木正成の長男)もまた黙庵に帰依しており 正行が正平3年/貞和4年(1348年)に河内国北條(現・大阪府四條畷市)で行われた四條畷の戦いにおいて足利方の高師直・師泰兄弟に討ち取られた後 黙庵によってその首級は寺内に手厚く葬られた。
その正行の敵である足利義詮は正行の埋葬を知ると 「自分の逝去後 かねており敬慕していた観林寺(現・宝筐院)の楠木正行の墓の傍らで眠らせてもらいたい」と遺言を残したといわれる。
貞治5年(1367年)に義詮が没すると 正行の墓の隣に葬られた。
応仁の乱後 細川氏京兆家の家臣の子である泰甫恵通が住持となり 細川政元(京兆家当主)の庇護を受けて発展させることになるが 政元が暗殺されて対立する第10代将軍足利義稙が復権した永正の錯乱以降 次第に衰退の途を辿ることになる。
1891年(明治24年) 京都府知事北垣国道は楠木正行の遺跡が荒れているのを知り 由来を記した石碑「欽忠碑」を建てている。
そして 正行ゆかりの遺跡を守ろうと天龍寺管長・高木龍淵や神戸の実業家・川崎芳太郎(川崎正蔵の養子)によって 旧境内地が買い戻され 建物も移築されて伽藍が整えられ 宝筐院の再興が行われた。
工事は1916年(大正5年)に完成したが その後茶室が移築され 本堂が新築されている。

宝筐院(京都府)

山門には柵がありますが 参拝できます

宝筐院(京都府)

寺号の石柱

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歴史

善入山と号する臨済宗の寺である。
当寺は平安時代に白河天皇により創建され、当初善入寺と称した。南北朝時代に夢窓疎石の高弟、黙庵が入寺し、室町幕府二代将軍足利義詮の保護を得て、伽藍が復興された。更に、義詮の死後、その院号宝筐院に因んで現在の寺名に改められた。以後、足利氏歴代の崇敬を得て栄えたが、室町幕府の衰亡と共に衰微していった。
現在の堂宇は明治時代以降に再興されたもので、本堂には十一面千手観世音菩薩を安置している。
境内には貞和四年(正平三年、一三四八)四條畷の合戦で戦士した楠正行の首塚と伝えられる五輪塔及び義詮の墓と伝えられる三層石塔がある。

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宝筐院の基本情報

名称宝筐院
読み方ほうきょういん
参拝時間

9:00〜16:00(11月は16:30まで)

参拝料

大人 500円、小中学生 200円

御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号075-861-0610

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://www.houkyouin.jp/

詳細情報

ご本尊十一面千手観世音菩薩
山号善入山
院号宝筐院
宗旨・宗派臨済宗単立
創建時代平安時代
開山・開基白河天皇
ご由緒

善入山と号する臨済宗の寺である。
当寺は平安時代に白河天皇により創建され、当初善入寺と称した。南北朝時代に夢窓疎石の高弟、黙庵が入寺し、室町幕府二代将軍足利義詮の保護を得て、伽藍が復興された。更に、義詮の死後、その院号宝筐院に因んで現在の寺名に改められた。以後、足利氏歴代の崇敬を得て栄えたが、室町幕府の衰亡と共に衰微していった。
現在の堂宇は明治時代以降に再興されたもので、本堂には十一面千手観世音菩薩を安置している。
境内には貞和四年(正平三年、一三四八)四條畷の合戦で戦士した楠正行の首塚と伝えられる五輪塔及び義詮の墓と伝えられる三層石塔がある。

体験
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