ほうきょういん|臨済宗単立|善入山
宝筐院京都府 トロッコ嵐山駅
9:00〜16:00(11月は16:30まで)
室町幕府2代将軍・足利義詮と南朝の忠臣・楠木正行の菩提寺。
なお、過去にマナーの悪いカメラマンによるトラブルが頻発したため、一脚・三脚は持ちこみ禁止。カメラも原則スマホかコンデジのみ。撮影のみを目的とした拝観はお断りしております。
【善入山(ぜんにゅうざん)宝筐院(ほうきょういん)】
本尊:十一面千手観世音菩薩
宗派:臨済宗
開基:白河天皇
宝筐院は、平安時代に第72代 白河天皇(在位:1073-1087)の勅願寺(善入寺)として建立されたのがはじまりとされます。
南北朝時代になり夢窓疎石の高弟である黙庵周諭(もくあんしゅうゆ)禅師が入寺し、室町幕府の2代将軍 足利義詮(よしあきら)の保護を得て伽藍が整備され、これ以後臨済宗の寺となっています。南朝を代表する武将の楠木正行(まさつら)(小楠公。楠木正成の長男)は四條畷の戦いで北朝の大軍と戦い討ち死にし、黙庵はその首級を生前の交誼により寺内に葬りました。後にこの話を黙庵から聞いた義詮は正行の人柄を褒めたたえ、自分もその傍らに頼んだといいます。1367(貞治5)年に義詮が没すると、正行の墓の隣に葬られました。
第8代将軍足利義政の時代に義詮の院号である宝筐院にちなみ、寺名を宝筐院に改めています。
入口の扉を開けると そこは異空間。深緑の世界でした。
【山門】
【寺号標】
【入口】
【本堂】
【本堂】
【本堂 内陣】
【楠木正行・足利義詮の墓所】
【楠木正行・足利義詮の墓所】
右 五輪塔:楠木正行首塚・左 三層石塔:足利義詮墓。
【百日紅】
【御朱印】
善入山と号する臨済宗の寺である。
当寺は平安時代に白河天皇により創建され、当初善入寺と称した。南北朝時代に夢窓疎石の高弟、黙庵が入寺し、室町幕府二代将軍足利義詮の保護を得て、伽藍が復興された。更に、義詮の死後、その院号宝筐院に因んで現在の寺名に改められた。以後、足利氏歴代の崇敬を得て栄えたが、室町幕府の衰亡と共に衰微していった。
現在の堂宇は明治時代以降に再興されたもので、本堂には十一面千手観世音菩薩を安置している。
境内には貞和四年(正平三年、一三四八)四條畷の合戦で戦士した楠正行の首塚と伝えられる五輪塔及び義詮の墓と伝えられる三層石塔がある。
名称 | 宝筐院 |
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読み方 | ほうきょういん |
参拝時間 | 9:00〜16:00(11月は16:30まで) |
参拝料 | 大人 500円、小中学生 200円 |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
電話番号 | 075-861-0610 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | http://www.houkyouin.jp/ |
ご本尊 | 十一面千手観世音菩薩 |
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山号 | 善入山 |
院号 | 宝筐院 |
宗旨・宗派 | 臨済宗単立 |
創建時代 | 平安時代 |
開山・開基 | 白河天皇 |
ご由緒 | 善入山と号する臨済宗の寺である。
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体験 | 御朱印武将・サムライ有名人のお墓 |
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