ぎおうじ|真言宗大覚寺派|高松山
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祇王寺は京都市右京区にあるお寺です。
こちらは苔庭とモミジの紅葉が有名なお寺です。
小倉山の麓にあり 周りを鬱蒼と木が茂るなか 竹林と苔庭でここだけ開けている感じです。
苔が有名なお寺は数多くあると思いますが こちらは超おススメです。
大覚寺の境外塔頭で 共通拝観券もあります。
門を入ると それはそれは見事な苔庭。
前回は10月に参拝でしたが その時も美しかった。
冬でこれだけきれいなのですから 初夏だとどれだけ美しいことでしょう。
ちょうどお庭の手入れをされていらっしゃって 少しお庭のお話が聞けました。
盆栽(?)が並んでいて それぞれに 一両・十両・百両・千両・万両と札がつけられていたのですが 千両と万両しか知りませんでした。
千と万があれば 一も十も百もあるもんなんですね。
由緒の石板の下に小さな花が。
これはセツブンソウと言うそうです。
節分のころに花をつけることからその名がついたそうですが 花言葉の一つに「人間嫌い」があるそうです。(笑)
美しいお庭を堪能したあとは本堂に上がらせていただきました。
草庵と言ってもいいのかな。
本尊大日如来・祇王・祇女・母刀自・仏御前と平清盛の木像が安置されています。
ネット情報です。
山号は高松山
院号は往生院
宗旨宗派は古義真言宗大覚寺派
寺格は大覚寺境外塔頭
ご本尊は大日如来
開山は伝・良鎮
法然の弟子・念仏房良鎮が創建したと伝えられる浄土宗の往生院が そもそもの当寺のもととなっている。
現在当寺が建っているこの地は往生院の旧跡である。
『平家物語』や『源平盛衰記』によれば 白拍子の祇王(21歳)は平清盛の寵愛を受けていた。
そこに 若い仏御前(17歳)が現れてその座を奪われてしまい清盛の邸を追われた祇王は 妹の祇女(19歳)母の刀自(45歳)とともに尼となった。
それが嵯峨の奥にあった往生院に建てられていた庵であるという。
この後に“いつか我が身も同じ運命”と悟った仏御前が旧怨を捨てた祇王母子に加わり 4人で念仏三昧の余生をこの地にて送ったという話が記載されている。
中世以降次第に衰退していった往生院は 明治初年には廃寺となり荒れ果てしまい 残された墓と木像等は旧地頭の大覚寺によって保管された。
その時の大覚寺門跡楠玉諦師は これを惜しんで往生院の再建を計画した。
そこに 1895年(明治28年)に元京都府知事の北垣国道が嵯峨にある自らの別荘から茶室を寄進するとの話があったため 楠玉諦はこれを再建寺院の本堂とし 大覚寺の管理の下 古典故事の旧跡として また尼寺として再興を遂げた。
その際 寺名は新たにこの地にゆかりがあるとされた祇王からとって祇王寺とされ 大覚寺の境外塔頭となった。
以後約7年間は京都の水薬師寺の六条智鏡尼(眞照師)が住職を兼務したが 主に若い尼僧が交代で留守居していたに過ぎず 智鏡尼の他界後は長く住みつく尼もなく衰微し 無住となって再び荒廃した。
1935年(昭和10年)からは東京新橋の元名物芸妓照葉こと高岡智照が庵主・智照尼として入庵し 寺男として寝起きをともにした又従姉弟とともに その復興発展に尽くした。


平清盛さんに愛された白拍子、祇王さんが出家されて入られ、のちに祇王寺と呼ばれるようになったと伝わるお寺さんです。個人的な意見で恐縮ですが…京都で一番好きなお寺さんかもしれないです。自身が訪れた時は、特定医療費(指定難病)受給者証を持っているご本人は参拝料が無料でした。該当のかたは条件確認後、訪れるとよいかもしれません。祇王さんのストーリーを学んでから訪れると、最初のうちはおそらく悲しさが先行し、強い先入観をもっての参拝になってしまうかもしれません。それももちろん素敵なんですが、美しい自然が織りなす空間にしばらく身を置いていると、不思議とさまざまな感情が爽やかな無色透明になる気さえします。
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【高松山(こうしょうざん)往生院(おうじょういん)祇王寺(ぎおうじ)】
本尊:大日如来
宗派:真言宗大覚寺派
開基:良鎮(りょうちん)
祇王寺は、法然の弟子・念仏房良鎮が創建したと伝えられる浄土宗の往生院がもととなっています。
平家物語によれば、白拍子の祇王は平清盛の寵愛を受けていました。そこに、若い仏御前が現れてその座を奪われてしまい清盛の邸を追われた祇王は、妹の祇女、母の刀自とともに出家、嵯峨の奥にあった往生院に建てられていた庵で尼となりました。この後にいつか我が身も同じ運命と悟った仏御前が旧怨を捨てた祇王母子に加わり、4人で念仏三昧の余生をこの地にて送ったといいます。
本堂内には本尊の大日如来のほか平清盛と4尼僧の木像が安置され、境内には清盛の供養塔と祇王姉妹らを合葬した宝篋印塔が建立されています。
青もみじと苔の庭がとても魅力的です。ここもまた秋に訪れたいお寺です。
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大覚寺様での見落とし…
直指庵様への炎天下での往復30分…
豆腐メンタルを誇るうちの夫婦は無言になり、「お家に帰ってお酒を飲みたい」とのテレパシーでの会話がなされましたが購入した祇王寺様の拝観券がそれを許しません。
そして到着!!
これは凄い!!
そもそも今回の嵯峨野の旅は細君の「苔むした御寺様に行きたい」との要望から始まりました。。
竹林や青紅葉が強烈な日射しを遮り薄暗くさえあります。
視界全体が緑に滲むような風景。
「平家物語」にも登場し、平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王が清盛の心変わりにより都を追われるように去り、母と妹とともに出家、入寺した悲恋の尼寺として知られている御寺様。
さほど広くないこの御寺様にとても大きな感銘を受けました(´▽`)
チョロさでは他の追随を許さぬうちの夫婦は、あっさりと元気を取り戻し御寺様巡りを継続するのでした!!




京都市内寺院巡りの3寺目は、右京区の2寺目の二尊院から北へ300m位行った所に在る高松山 往生院 祇王寺です。
真言宗大覚寺派で、本尊は大日如来。
こちらには文化財指定の仏像はありませんが(私は観仏が主目的ですので)、紅葉と苔が素敵との事で、二尊院を参拝するため近くのこちらも今回の巡りルートに盛り込みました。
平清盛の寵愛を受けた白拍子(舞を舞う人)の祇王が、若い仏御前にその座を奪われ、都を追われた。祇王は妹の祇女と母の刀自と共に出家し、嵯峨の奥の往生院の庵で尼僧になった。後に同じ運命を辿ると悟った仏御前も祇王母子に加わり、四人で念仏三昧の余生を送ったという。後に荒廃し、明治に入り廃寺となった。明治28年に元京都府知事の北垣国道氏が別荘を寄進し、現在の祇王寺になりました。
細い道を入って行くと突き当りに祇王寺があります。直ぐ手前の3台分の駐車スペースに停めました。嵐山から少し離れているので空いているだろうと思っていましたが、そこそこの参拝客でした。
拝観受付で拝観料(300円)を納めて、御朱印(書置きのみ)も頂きました。(大覚寺の塔頭という事もあり、大覚寺との2ヶ寺共通拝観券もあるようです。)
寺の境内というより、元々が別荘という事もあり庭園ですね。庭をめでながらぐるっと周ります。それ程広くはありません。建物は1つで、草庵のみ。中に仏間があって、小振りの本尊・大日如来坐像の両側に、祇王、祇女、刀自、仏御前と平清盛像が安置されています。
宝筐印塔は祇王、祇女、刀自の墓で、横には平清盛の供養塔があります。
紅葉の時期も良いですが、新緑の時期に訪れると緑が鮮やかで、苔庭もいいだろうなあと思いました。
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