ぎおうじ|真言宗大覚寺派|高松山
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楽しみ方祇王寺のお参りの記録一覧
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穏暖
2021年02月07日(日)858投稿

しん
2022年07月24日(日)2963投稿

隼シューター
2021年09月15日(水)1088投稿

ジンジャー
2020年12月29日(火)1664投稿

ジュン
2021年01月24日(日)462投稿

まな
2020年03月02日(月)39投稿
【「指詰めの芸者」傷つきながらも四つの時代を逞しく生き抜いた、中興の祖を偲ぶ名刹】
『平家物語』に語られる悲恋の白拍子・祇王と仏御前たちがここに庵を結んだと、由緒に伝える名刹です。
うまく言語化できないのですが、
ここは恋人や友達や家族と一緒に来るより、
ひとり心静かにお参りする方がいい気がします。
おそらく、悲しみ傷ついた女性たちを迎え入れて来たというこの寺の歴史が、そのような雰囲気を醸し出しているのではないかと思います。
今は美しい苔と紅葉を誇る名刹として知られている本寺ですが、一時は荒廃を極めたそうです。
しかし、中興の祖・高岡智照が昭和10年頃より庵主となって以来、本寺は傷ついた女性たちの心の拠り所として評判を集め、復興していったそうです。
彼女は12歳の時父親に騙されて売られ、芸者となり、14歳で水揚げされました。
15歳の時には、情夫に愛を証すため小指を詰めました。
「指詰の芸者」としてのスキャンダル性と、その美貌が評判を呼び、芸者として人気を博したようですが、その後も結婚、自殺未遂、出産、再婚と波乱万丈の人生を歩み、ついに39歳のときに久米寺で得度し、尼としての人生をここ祇王寺で歩み始めたのでした。
青、紅、黄。色とりどりの葉と、ふくよかな苔。
傷つきながらも、98年の人生を逞しく生き抜き、女性たちに寄り添って来た中興の祖に想いを馳せ、
墓前に手を合わせて来ました。
五十年の 夢とりどりの 落ち葉かな
智照尼
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