ごうしょうじ|真言宗 時宗|仏光山(ぶっこうざん)
郷照寺香川県 宇多津駅
7:00~17:00
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楽しみ方

四国八十八所巡り吉願目指して日帰り旅。吉願までもうすぐそこ。
山門奥の駐車場は広くて良いのですが その手前の道が狭くて少し難儀でした。
許されている鐘楼を突くと とても良い音がしました。高くなく低くなく。ちょうどいい。
看板には この音は本州まで聞こえたとありました。ん~。
石段を上がると納経所と本坊 右手には庚申堂と本堂がありました。
本堂の御本尊 阿弥陀如来様は 肉眼では見えましたが 写真では・・・。
本堂横の石段を上がると大師堂です。
厄除大師の提灯が目に飛び込んできます。こちらも写真では内陣が・・・。
本堂横の階段を下りると 万体観音堂があります。
万体かどうか分かりませんが とにかくすごい数でした。
帰りに気づいたのですが 「讃岐の三大ぽっくりさま」がおられ お願いするにはまだ早いかなと思って素通りしました。
本坊の庭園を見ていると しばらくぼお~っとしてしまいました。
暑くない日なら お茶を飲みながらしばらく座って過ごしたいところです。
納経所では 通常御朱印の他に 切り絵御朱印を拝受しました。
山号は仏光山 院号は広徳院 宗旨は時宗と真言宗 寺格は総本山 ご本尊は阿弥陀如来 創建年は(伝)神亀2年(725年) 開基は(伝)行基です。
2つの宗派が共存する四国八十八箇所では珍しいお寺です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん
ご詠歌:踊りはね念仏申す道場寺(どうじょうじ) 拍子(ひょうし)をそろえ鉦(かね)を打つなり
でした。
由緒については
寺伝によれば 行基が神亀2年(725年)に一尺八寸(55 cmという説も)の阿弥陀如来を本尊として道場寺の名で開基した。
大同2年(807年)に空海が伽藍を整備した。
その時に厄除の誓願を修し大師像を納め それが「厄除うたづ大師」として信仰されていると云われている。
仁寿年間(851年 – 854年)には理源大師が阿弥陀三昧の行を修した。
寛和年間(985年 – 987年)には恵信僧都が釈迦如来の絵図を納め釈迦堂を建立した。
正応元年(1288年)には一遍上人が遊行の折に3か月逗留し踊り念仏の道場を開いた。
その後も栄えたが天正の兵火(1576年 – 1585年)で堂宇を焼失するも寛文4年(1664年)高松藩主松平頼重により再興 その時の住持と徳川家の関係により 時宗に属し郷照寺と改称した。
とありました。
境内からは瀬戸内海にかかる瀬戸大橋の眺望が見事である。往時から港町として栄え、「四国の表玄関」とでもいえる場所なので、高僧・名僧との由縁が深い霊場である。地元では「厄除うたづ大師」と呼ばれ、また、四国霊場で唯一「時宗」の霊場である。縁起によると、郷照寺は神亀2年、行基菩薩によって開創された。行基菩薩は55センチほどの阿弥陀如来像を彫造し、本尊として安置され、「仏光山・道場寺」と称した。御詠歌に「道場寺」と詠まれているのもその名残である。その後、大同2年(807)に弘法大師が訪れ、仏法有縁の地であると感得し、大師自身の像を彫造して厄除けの誓願をされた。この木造の大師像は「厄除うたづ大師」としていまも広く信仰されている。
京都・醍醐寺の開山として知られる理源大師(聖宝・832〜909)がこの寺に籠山し修行したのは仁寿年間(851〜54)とされ、また、浄土教の理論的基礎を築いた恵心僧都(源信・942〜1017)が霊告を受けて釈迦如来の絵を奉納し、釈迦堂を建立したのは寛和年間(985〜87)とされている。さらに、仁治4年(1243)には『南海流浪記』の著者及び中院流の祖である高野山の道範阿闇梨が配流となったとき、この寺を仮寓にした。「時宗」の開祖・一遍上人(1239〜89)は、正応元年(1288)に逗留して易行・浄土教の教えを広めたことから、真言・時宗の2教の法門が伝わることになり、八十八ヶ所の中で特異な霊場となり、今日も真言三密の教え・浄土易行の教えが脈々と伝わっている。
| 住所 | 香川県綾歌郡宇多津町1435 |
|---|---|
| 行き方 | 宇多津駅より徒歩約17分
|
| 名称 | 郷照寺 |
|---|---|
| 読み方 | ごうしょうじ |
| 参拝時間 | 7:00~17:00 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0877-49-0710 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://yakuyoke.org/ |
| SNS |
| ご本尊 | 阿弥陀如来 |
|---|---|
| 山号 | 仏光山(ぶっこうざん) |
| 院号 | 広徳院(こうとくいん) |
| 宗旨・宗派 | 真言宗 時宗 |
| 創建時代 | 神亀2年(725) |
| 開山・開基 | 行基菩薩 |
| 文化財 | 木造阿弥陀如来坐像(本尊)、絹本著色釈迦三尊二声聞図(県指定有形文化財) |
| ご由緒 | 境内からは瀬戸内海にかかる瀬戸大橋の眺望が見事である。往時から港町として栄え、「四国の表玄関」とでもいえる場所なので、高僧・名僧との由縁が深い霊場である。地元では「厄除うたづ大師」と呼ばれ、また、四国霊場で唯一「時宗」の霊場である。縁起によると、郷照寺は神亀2年、行基菩薩によって開創された。行基菩薩は55センチほどの阿弥陀如来像を彫造し、本尊として安置され、「仏光山・道場寺」と称した。御詠歌に「道場寺」と詠まれているのもその名残である。その後、大同2年(807)に弘法大師が訪れ、仏法有縁の地であると感得し、大師自身の像を彫造して厄除けの誓願をされた。この木造の大師像は「厄除うたづ大師」としていまも広く信仰されている。
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