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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※郷照寺ではいただけません

ごうしょうじ|真言宗 時宗仏光山(ぶっこうざん)

郷照寺

香川県 宇多津駅

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0877-49-0710

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御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

境内(普通車無料)

巡礼

ご利益

郷照寺について

四国八十八カ所第七十八番霊場


霊場唯一の二つの宗派に繋がるお寺

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garu
2017年10月09日(月)
614投稿

日帰りで香川に行った娘に貰いました。

四国八十八カ所のお寺さんですが、創建からの歴史上なんと宗派が二つあるという珍しいお寺さん。
そんな事があるんですね。

でもまぁ、分からなくもないんです。元々は行基さんが開いたお寺さんで空海が整備して一遍上人が道場を開いた(笑)
普通に考えれば一遍上人の踊念仏・時宗になるところ、真言宗まであるのは空海がこの香川の人だからでしょう。
地元民としては「空海さんが関わってるんだから、真言宗もOK」って事になったのかな?って(笑)

空海さんは香川県民のヒーローですから(笑)

鐘楼に面白い伝説があります。
江戸時代に鐘が割れて鳴らなくなったらしいのですが、丁度お遍路さんの中に大阪・堺の腕のいい職人さんが居たらしいです。
治してあげるから材料を調達してと言われ、「とみくま村」の庄屋さんがとある爺様と一緒に「山で見つけた銅鏡がある」と大量に寄進したそうです。
この辺りで盗掘?と(笑)
それで鐘を作ったらすごくいい音色になったらしく、龍神さんも鐘の音につられて現れたというお話があります。
その爺さん、神様かなと言われてますが、盗賊で処分に困ってどうせならと持ってきた説に3000点(笑)

郷照寺の山門郷照寺の本殿

本堂

郷照寺の建物その他

厄除けうたず大師

郷照寺の建物その他

厄除けうたず大師

郷照寺の建物その他

鐘楼 

郷照寺の歴史
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歴史

境内からは瀬戸内海にかかる瀬戸大橋の眺望が見事である。往時から港町として栄え、「四国の表玄関」とでもいえる場所なので、高僧・名僧との由縁が深い霊場である。地元では「厄除うたづ大師」と呼ばれ、また、四国霊場で唯一「時宗」の霊場である。縁起によると、郷照寺は神亀2年、行基菩薩によって開創された。行基菩薩は55センチほどの阿弥陀如来像を彫造し、本尊として安置され、「仏光山・道場寺」と称した。御詠歌に「道場寺」と詠まれているのもその名残である。その後、大同2年(807)に弘法大師が訪れ、仏法有縁の地であると感得し、大師自身の像を彫造して厄除けの誓願をされた。この木造の大師像は「厄除うたづ大師」としていまも広く信仰されている。
京都・醍醐寺の開山として知られる理源大師(聖宝・832〜909)がこの寺に籠山し修行したのは仁寿年間(851〜54)とされ、また、浄土教の理論的基礎を築いた恵心僧都(源信・942〜1017)が霊告を受けて釈迦如来の絵を奉納し、釈迦堂を建立したのは寛和年間(985〜87)とされている。さらに、仁治4年(1243)には『南海流浪記』の著者及び中院流の祖である高野山の道範阿闇梨が配流となったとき、この寺を仮寓にした。「時宗」の開祖・一遍上人(1239〜89)は、正応元年(1288)に逗留して易行・浄土教の教えを広めたことから、真言・時宗の2教の法門が伝わることになり、八十八ヶ所の中で特異な霊場となり、今日も真言三密の教え・浄土易行の教えが脈々と伝わっている。

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郷照寺の基本情報

住所香川県綾歌郡宇多津町1435
行き方

宇多津駅より徒歩約17分
77【道隆寺】より
(自家用車)約15分 約8km
(徒歩)約1時間50分 約7.1km
79【天皇寺】より
(自家用車)約15分 約8km
(徒歩)約1時間30分 約6.3km

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名称郷照寺
読み方ごうしょうじ
参拝時間

7:00~17:00

御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0877-49-0710
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttps://yakuyoke.org/
SNS

詳細情報

ご本尊阿弥陀如来
山号仏光山(ぶっこうざん)
院号広徳院(こうとくいん)
宗旨・宗派真言宗 時宗
創建時代神亀2年(725)
開山・開基行基菩薩
札所など

四国八十八箇所78番

文化財

木造阿弥陀如来坐像(本尊)、絹本著色釈迦三尊二声聞図(県指定有形文化財)

ご由緒

境内からは瀬戸内海にかかる瀬戸大橋の眺望が見事である。往時から港町として栄え、「四国の表玄関」とでもいえる場所なので、高僧・名僧との由縁が深い霊場である。地元では「厄除うたづ大師」と呼ばれ、また、四国霊場で唯一「時宗」の霊場である。縁起によると、郷照寺は神亀2年、行基菩薩によって開創された。行基菩薩は55センチほどの阿弥陀如来像を彫造し、本尊として安置され、「仏光山・道場寺」と称した。御詠歌に「道場寺」と詠まれているのもその名残である。その後、大同2年(807)に弘法大師が訪れ、仏法有縁の地であると感得し、大師自身の像を彫造して厄除けの誓願をされた。この木造の大師像は「厄除うたづ大師」としていまも広く信仰されている。
京都・醍醐寺の開山として知られる理源大師(聖宝・832〜909)がこの寺に籠山し修行したのは仁寿年間(851〜54)とされ、また、浄土教の理論的基礎を築いた恵心僧都(源信・942〜1017)が霊告を受けて釈迦如来の絵を奉納し、釈迦堂を建立したのは寛和年間(985〜87)とされている。さらに、仁治4年(1243)には『南海流浪記』の著者及び中院流の祖である高野山の道範阿闇梨が配流となったとき、この寺を仮寓にした。「時宗」の開祖・一遍上人(1239〜89)は、正応元年(1288)に逗留して易行・浄土教の教えを広めたことから、真言・時宗の2教の法門が伝わることになり、八十八ヶ所の中で特異な霊場となり、今日も真言三密の教え・浄土易行の教えが脈々と伝わっている。

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