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「金幣社五社巡り」の二社目です。
創建年代は不明とのことですが、10世紀初め頃編纂された全国の神社を記した「延喜式神名帳」に記載があることから、1,000年以上の歴史を有する由緒ある神社。歴史を感じました。





二代目の御神木(アラカシ)
初代の御神木は拝殿脇にあった杉の木🌲だったそうですが、1959年(昭和34年)の伊勢湾台風により倒木し、これを御神木としたそうです。
樹齢約600年、幹の太さは約1.8メートル、高さは約12メートル。

アラカシはドングリがなる木🌲
たくさんドングリが落ちていました。

久しぶりにドングリを見ました。

反射して良く見えませんが、御神木の説明です。


神馬
勇しさを感じます







「稜威」
神聖、威力の強烈なことを意味するようです。


厳かな気を感じました

御井神社にもありました。
1904年(明治37年)の日露戦争に鵜沼から出征した氏子を讃えて建立された日露戦役従軍記念碑です。
裏面には出征した氏子の名前が刻まれているそうです。

「今日は書置きの御朱印しかありませんが」と言うことでした。
参拝させていただいた日にちは書き入れていただきました。

社務所が閉まっていて誰もお見えにならないかと思いましたが、インターホンを鳴らすとご対応して頂けました。お昼寝にも関わらず、丁寧に対応頂き感謝しかありません。駐車場はわかりにくいのでご注意を!鳥居から犬山城を眺める事が出来ます。

鳥居

手水舎


駐車場の案内ありますが…

わかりにくく、アパートの隣りでもあり、ここに駐車してはダメかと思い…

ここから境内に入り止めていた人が結構多かったです。


お昼より、
宿場町でもありました、鵜沼方面へ用事ごととお参りに伺いました。
参拝に上がらさせて頂きました神社は、
村國真墨田神社です。
こちらも各務原市内の金幣社の一社であられる神社です。
鵜沼地区の産土神とされている。ありがたきお社です。その他にも、様々な神様が祀られており、たくさんのパワー頂け、たくさんあやかれる素敵な神社です。
お伺いさせて頂く神社に、意識してはいませんが、、、大黒様、恵比寿様、弁財天様がおみえなのは、気のせいでしょうか?何か凄く縁深く感じる今日この頃でした。
朝お伺いしました、村國神社のお隣りに在るお寺には弁財天様がみえました♫
歓迎されている様で、ありがとき幸せを感じる次第です。








































授与品
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村國真墨田神社は、美濃國一宮の南宮大社(不破郡垂井町)の主神金山彦命(かなやまひこのみこと)と、尾張一宮の真清田神社(愛知県一宮市)の主神天火明命(あめのほあかりのみこと)さらに後になって、この地を支配していた地方豪族村國氏の中より、天武元年(672)に起こった壬申の乱の際、大海人皇子(おおあまのおうじ後の天武天皇)に味方して功績をあげた村國男依(むらくにのおより)を、その後祭神として合祀し、古くから鵜沼の地の産土神として里人の崇敬を集めていました。その社名は、十世紀初頭の法典である「延喜式」(えんぎしき)の中の一巻である「神名帳」の中にも見出される、美濃國式内社の一社であります。又、当時の神社は現在の場所から数百メートル南の木曽川ぞいに有ったと伝えられ、その場所は現在は御旅所となっています。その後、時代は下って戦国時代になり、神社は当時の武将大沢氏一族の守護神となり、その居城鵜留摩(うるま)城(現鵜沼南町城山)の外堀外部に位置していましたが、永禄年間(1558-1570)織田信長の美濃侵攻によって大沢氏は城を追われ、鵜沼地方は織田家領となり、更に天正十二年(1584)小牧長久手の戦いにおける羽柴秀吉の犬山攻めに際して、この地の有力者であった河村惣六なる人物が秀吉に協力して恩賞を挙げた折、許可を得て現在の場所に神社を遷宮し現在に至っています。[岐阜県神社庁当神社ページより引用]
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| 名称 | 村國真墨田神社 |
|---|---|
| 読み方 | むらくにますみだじんじゃ |
| 参拝時間 | 参拝自由 |
| 参拝にかかる時間 | 約10分 |
| 参拝料 | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
詳細情報
| ご祭神 | 天之火明命 金山彦命 彦火火出見命 罔象女命 村国男依 |
|---|---|
| ご神体 | 不詳 |
| 創建時代 | 7世紀 |
| 創始者 | 村国氏 |
| ご由緒 | 村國真墨田神社は、美濃國一宮の南宮大社(不破郡垂井町)の主神金山彦命(かなやまひこのみこと)と、尾張一宮の真清田神社(愛知県一宮市)の主神天火明命(あめのほあかりのみこと)さらに後になって、この地を支配していた地方豪族村國氏の中より、天武元年(672)に起こった壬申の乱の際、大海人皇子(おおあまのおうじ後の天武天皇)に味方して功績をあげた村國男依(むらくにのおより)を、その後祭神として合祀し、古くから鵜沼の地の産土神として里人の崇敬を集めていました。その社名は、十世紀初頭の法典である「延喜式」(えんぎしき)の中の一巻である「神名帳」の中にも見出される、美濃國式内社の一社であります。又、当時の神社は現在の場所から数百メートル南の木曽川ぞいに有ったと伝えられ、その場所は現在は御旅所となっています。その後、時代は下って戦国時代になり、神社は当時の武将大沢氏一族の守護神となり、その居城鵜留摩(うるま)城(現鵜沼南町城山)の外堀外部に位置していましたが、永禄年間(1558-1570)織田信長の美濃侵攻によって大沢氏は城を追われ、鵜沼地方は織田家領となり、更に天正十二年(1584)小牧長久手の戦いにおける羽柴秀吉の犬山攻めに際して、この地の有力者であった河村惣六なる人物が秀吉に協力して恩賞を挙げた折、許可を得て現在の場所に神社を遷宮し現在に至っています。[岐阜県神社庁当神社ページより引用] |
| ご利益 | 家内安全五穀豊穣 |
| 体験 | 御朱印祭り武将・サムライ札所・七福神巡り |
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