はしだてどう|曹洞宗|石龍山
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【石龍山(せきりゅうざん)橋立堂(はしだてどう)】
本尊:馬頭観音
宗派:曹洞宗
開山:ー
御詠歌:霧の海 たち重なるは 雲の波 たぐいあらじと わたる橋立
秩父札所三十四観音霊場 第28番札所。

【観音堂】

【観音霊験記による縁起:郡司蛇身(ぐんじじゃしん)の報い】
あるとき、この村の男が閻魔大王に呼ばれ、村の領主の郡司に会わされました。閻魔大王は「この領主の郡司は生前の悪行ゆえに地獄に落とすべきだが、一度だけ橋立堂で燈明を献上した功徳がある。そこで蛇身の報いを受けさせることにした。里の者に知らせなさい」といわれました。そのころから、あたりに悪蛇の化身と思われる悪龍があらわれました。村人は龍退治を橋立堂に祈念しました。すると橋立堂から白馬が出て龍と対峙しましたが、白馬は龍に呑まれてしまいました。しかし、仏の馬を胎内に入れたことで、悪龍はとぐろをまいて石になってしまいました。こうしたことから、この寺の寺号は、石龍山と呼ばれています。


秩父市上影森に位置する、秩父三十四ヶ所観音霊場の第二十八番札所、石龍山 橋立堂を訪れました。
一歩足を踏み入れると、目の前に広がるのは高さ約80メートルもの切り立った石灰岩の絶壁です。その荒々しい岩肌に、吸い寄せられるように、あるいはへばりつくように建つ朱塗りの本堂は、まさに圧巻の一言。自然の驚異と人の祈りが融合した、唯一無二の光景に深く息を呑みました。
こちらのお寺の大きな特徴は、本堂のすぐ隣に「橋立鍾乳洞」への入り口があることです。鍾乳洞のチケット売り場が納経所を兼ねているという珍しい光景に加え、受付の奥では懐かしい黒電話が今も現役で使われており、まるで昭和の時代へタイムスリップしたかのような、温かくも不思議な時の流れを感じることができました。
拝受した御朱印には、中央に「馬頭尊」の文字が、非常に力強く、かつ紙面から溢れんばかりの躍動感あふれる筆致で記されています。お写真の通り、中央には蓮華座に載った鮮やかな火焔宝珠の朱印が押され、その中央には馬頭観音様を象徴する梵字「カン」が浮かび上がっています。
左上には「令和八年 午歳総開帳」の特別な馬の朱印が添えられ、秩父の峻険な岩壁に守られた聖域での、忘れられない参拝の証となりました。
切り立つ崖の迫力と、黒電話が鳴る長閑な空気感、そして力強い「馬頭尊」の墨跡に触れ、秩父霊場の奥深さを改めて実感する、大変実り豊かな一日となりました。



ここに来るまで、2つもの予期しない失態があった。
1つは、29番から荒川を渡りミューズパーク方面に行き、25番にと思っていたのだが、あちこちと歩くうち、28番まで1㎞もない、近い。と、事前にパソコン画面を見ながらの予定をバッサリと切り替えたのだ。
なんと!曲がる方向を間違えた!バス停があったので、そこでGoogleマップを使うと、動かない!
これは、ミステリードラマに出て来る閉じ込められた世界ってえやつ?か!
ここは、石灰岩で出来た岩の中にあるお堂だ。あくまでも自然が主役。人ではない。石川県の那谷寺でもそうだったのだが、ある種の自然崇拝のようなものを感じた。この大自然の中にあっては、人は小さい。そして、どれほど人間は自分勝手なものであるか。そんな事を知るのであった。
と、そんな事に感動の言葉を言いながらも、又もや私の我がままが出た。
氷の中の鍾乳洞に入りたかったのに、休業とな!ついでに御朱印は、27番大渕寺でと。
大渕寺と言ったら、SL撮り鉄スポットで有名、というか、6月に住職と
「撮り鉄の方ですか?」
「いえいえ。たまたまSLの時間に来ただけで、34ヶ所廻ってます。ゴイゴイスー!です」
のやり取りをしたところ。
ということで、27番大渕寺まで歩くことに。
こうしてみると、この辺りの背景には武甲山が常にあるのだなと思うのであった。
冬枯れ樹 御堂守りし 武甲山
https://note.com/shaludone1/n/n456e292fb636
詳しくは、こちらに。
駅から歩かずとも、秩父市営バスですぐ近くまで行けます。
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埼玉県 秩父市 上影森 に境内を構える、石龍山 橋立堂、2024 に 日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を参拝してますが、ここ秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、歴史的建造物 食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 石龍山、寺号 堂宇名は 橋立堂 ( 龍河山 大渕寺 境外仏堂)、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊は 馬頭観世音菩薩、秩父札所三十四観音霊場 第二十八番札所、札所ご本尊は 馬頭観世音菩薩 日本百観音 の一つ、創建年代は不明である。ただ 1488年(長享2年)の秩父札所番付(長享番付)に記載されていることから、その頃までには既に存在していたものと推測される、
江戸時代は、今宮坊 (京都の 天台宗 寺門派 聖護院の直末寺、秩父地方の修験道の中心として大いに栄えた) の管理する、修験道の寺となっていた。しかし明治初期の神仏分離と修験禁止令により、修験道の当寺は打撃を受けた。現在は 第27番札所の大渕寺(曹洞宗)の境外仏堂となっている、
当堂の本尊は馬頭観音、秩父札所三十四箇所で 馬頭観音を本尊とするのは当堂だけであり、他の 西国三十三所・坂東三十三箇所を合わせた「日本百観音」の中でも、西国 第二十九番札所の松尾寺(京都府 舞鶴市)があるだけである、
納経所が12月から2月末までは冬期閉鎖となるため、納経(御朱印)は 大渕寺で行われる。札所28番 石龍山 橋立堂(秩父市指定史跡 昭和40年1月25日指定)





令和4年5月 / 秩父1泊2日旅・1日目。
【札所二十七番 / 大渕寺】から約1.2キロメートル【札所二十八番 / 橋立堂】です。
こちらのお堂は、1つ前の札所【大渕寺】が管理しています。
その為、冬季の御朱印は大渕寺になります。
【橋立堂】と言えば【馬頭観音様】
西国三十三所の【松尾寺】を思い出します。
行くのが大変+本殿の改装中だった…。
橋立堂裏の岩壁は【橋立岩陰遺跡】と言われています。
縄文時代〜の人が生活をしていた痕跡があり、土器片や貝飾り、弥生式土器などが出たそうです。
それから【鍾乳洞】もあります。
寄り道はしない、しない…。
でも、予定よりも結構早いペースで進んでいるしなー。
【橋立堂】から階段を振り返り。
左手にはオシャレなカフェ。
右手には納経所経由で【橋立鍾乳洞】
『あなたならどっち?』
結論:出来レースだったかもしれません。
次は【長泉院】へ向かいます。
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