だんじょうがらん|高野山真言宗
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楽しみ方壇上伽藍のお参りの記録一覧
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金剛峯寺の参拝を終え 次は壇上伽藍に向かいます。
高野山に入山する際 西の端に大門があったことを思い出し まずは大門に行きました。
金剛峯寺からは1kmほど離れていました。
大門はその名の通り大きいです。
色は何年かごとに塗りなおされていると思いますが 色鮮やかな門は魅力的です。
金剛力士像は塗りなおしせず 木の傷み具合から歴史を感じさせます。
さて次は壇上伽藍ですが 道の途中で昼食タイム。
釜めしのお店がありましたので 30分ほど並び 注文してからも20分ほど 食べるのに小一時間かかりました が ウマかったです。
さてお腹もいっぱい 壇上伽藍に戻ってきました。
中門は四天王が護る門で とても立派です。
四天王は 高野山開創1200年記念 兵庫県門戸厄神東光寺の奉修復安置でした。
門戸厄神東光寺 やるなぁ。
ますます壇上伽藍に期待が高まります。
壇上伽藍は大伽藍とも呼ばれ 国宝を含む重要文化財のお堂がそれはそれは見事です。
根本大塔と金堂と山王院は別登録があるので 省かせていただきます。
広い大伽藍の中央に金堂があり その周りを囲むように塔やお堂が並びます。
巡っているだけではその価値はあまり分からないですが ネットで調べるとそのすごさが分かります。
ネット情報です。
【六角経蔵】 1934年再建。鳥羽法皇の菩提を弔うため 皇后の美福門院得子が1159年に創建し 紺紙に金泥で浄写した紺紙金泥一切経を1000巻納めるとともに紀伊国荒川荘を寄進した。
【西塔】 空海の伽藍建立計画の『御図記』に従い創建され 空海が構想した大日如来の密教世界を具体的に表現する「法界体性塔」として根本大塔と西塔を二基一対として建立され 根本大塔の本尊が胎蔵界大日如来であるのに対し 金剛界大日如来像と江戸時代作で胎蔵界四仏の宝幢如来・開敷華王如来・無量寿如来・天鼓雷音如来 を安置する。仁和3年(887年)初代塔建立 現在の塔は5代目で天保5年(1834年)の再建で擬宝珠(ぎぼし)高欄付多宝塔で屋根は本瓦型銅板葺である。
【逆指の藤】 寺伝によると 平安時代に高野山再興に着手した定誉が 高野山の再興を誓い「願掛け」として藤を地面へ逆さに植えると 不思議と芽生え それとともに高野山の再興の兆しが見え始めたと伝わる。
【孔雀堂】 1200年初代建立 弘法大師御入定1150年御遠忌記念事業として1983年(昭和58年)再建。後鳥羽法皇の御願による神泉苑での請雨祈願が成就したことにより奉納された堂。
【准胝堂】 光孝天皇の御願により第二世真然大徳が973年ごろ創建 現在の堂は1883年(明治16年)再建。
【御影堂】 大師の持仏堂として創建され 天保14年(1843年)の大火で消失し 弘化4年(1847年)再建 梁間15.1メートルの向背付宝形造檜皮葺。空海の弟子の真如親王筆とされる弘法大師御影を本尊とし 外陣には空海十大弟子の肖像が掲げられている。
【大塔の鐘】 大師発願で二世真然の代に完成。現在の鐘は日本で四番目に大きな鐘であることから「高野四郎」と呼ばれ 1547年に鋳造され約6トン直径7尺である。
【愛染堂】 建武元年(1334年)に初代建立 現在の堂は1848年(嘉永元年)再建。後醍醐天皇の勅願により四海静平 玉体安穏(天下泰平)を祈念のため創建。
【不動堂】 建久8年(1197年)上皇の皇女八條女院内親王の発願により行勝上人が創建。現在の堂は14世紀初頭に再建で 高野山内では金剛三昧院多宝塔に次ぎ 2番目に古い建築物。
【大会堂】 安元元年(1175年)鳥羽上皇の皇女五辻斎院頌子内親王が父の追福のため創建。もとは東別所にあったが西行法師が 長日不断談義の学堂として現在地に移し蓮華乗院と称していた。
【三昧堂】 延長7年(929年)初代創建 もとは総持院境内にあったが 治承元年(1177年)西行法師が現在地に移した。
【東塔】 大治2年(1127年)初代創建 尊勝仏頂尊と不動明王・降三世明王を祀る。白河上皇の御願により醍醐寺三宝院勝覚権僧正が創建。弘法大師入定1150年御遠忌記念事業で1984年再建。
この日は5月2日 春季胎蔵界結縁潅頂(しゅんきたいぞうかいけちえんかんじょう)という行事が明日行われるので 金堂では作業が行われ 御朱印がいただける御供所のすぐ横でも何やら準備がされていました。
明日参拝すれば今日とは違う光景が見られるのかもしれません。
明日5月3日もまた来ます。

朝から夕方まで、なんと25名×4回。総勢100名のみなさんを、高野山でご案内させていただきました。
とくに印象深かったのが、壇上伽藍の根本大塔での案内です。
4グループを順に案内しながら、回を重ねるたびに内容を少しずつ整えていきました。
目指したのは「説明して終わり」ではなく、根本大塔という場で、みなさんが“感じる時間”をできるだけ長く、深く持てるようにすること。
最初の回は10分ほどで終えてしまい、正直「短すぎたな…」と反省しました。
でもその反省があったからこそ、どうしたら言葉を足すよりも体験を増やせるか、次の回までの短い時間で考え直すことができました。
2回目は20分、3回目は30分と少しずつ滞在時間が伸びていき、4回目には50分近くまでじっくり過ごす流れができました。
目に見えて変化が出たのが嬉しくて、案内というより、一緒に場を味わっている感覚に近かったです。
途中で強く感じたのは、曼荼羅を“説明する”だけでは届かないということでした。
そこで写真が必要だと気づき、本を用意して視覚で共有できるようにしたら、理解というより「つながる感じ」が生まれていくのが分かりました。
また、ただ拝観するのではなく、入口で小さな“問い”を持って入ってもらえるように導入を整えると、同じ空間でも受け取り方が変わるのが面白かったです。
そして最後は、あえて言葉を減らして、「身体で感じる」「耳を澄ませる」ほうへ自然につなげるようにしました。静けさの中で、みなさんの呼吸や視線が整っていくような時間が生まれて、根本大塔が持つ力にこちらが教えられた気がします。
一日を通して、回を重ねるほど場が深まり、案内する側の私自身も整っていくような感覚がありました。100名のみなさんと、根本大塔で同じ時間を共有できたことに、ただただ感謝です。
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和歌山県の寺院/博物館巡りの高野山霊宝館の次はここ、壇上伽藍。高野山に来たならば外す訳にはいきません。私としては2021年5月以来ですので、ほぼ3年振りの参拝です。
壇上伽藍は空海が高野山を開山した際、真っ先に造営に取り組んだ場所で、奥之院とともに高野山の二大聖地の一つ。密教思想に基づく曼荼羅の世界観を具現化したものと言われ、高野山全体の総本堂である「金堂」や高さ約49mの「根本大塔」等の19の諸堂が建ち並んでいます。しかし、標高の高い山中に在る事から落雷等による度重なる火災があり、国宝の「不動堂」と「御社(みやしろ)」を除き、江戸後期~平成に掛けて再建されたものです。
うだうだと記載しなくとも多数の皆さんが投稿されて記載されていますので、撮った写真だけを投稿します。(時間の都合で根本大塔より東側には行っておりません。)
尚、金堂、根本大塔の堂内には入らず(入堂する場合はそれぞれ500円掛かります。)堂外から手を合わせました。また、過去にこちらで御朱印を頂いておりますので今回は頂いておりません。

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