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続いて竹中稲荷さんへ。参道を進んで行くとお掃除をされていたので邪魔にならないようにお詣り。稲荷さん特有の塚だらけ。しかも竹中だけに竹〇大明神が多い😅いつも思うんだけどこの明神号の微妙な違いは何の意味があるんだろう?と思ってしまいます😅とりあえずお詣りをと思い天神さんにお詣りしたときに裏手にたくさんの塚が見え、稲荷神社本殿の右手が通れそうだったので本殿お参りしてから奥へ。そこには手入れが行き届かずに荒れ気味のたくさんの塚と祠があり、小さな稲荷塚を形成してました😲燈籠や祠は傷みが激しく朽ち果てているものや倒壊しているものも見られてなかなか厳しい現状。とはいえここまで手が回らんのでしょうねぇ・・・。誰も来ないだろうなあと思いながら回っていると慣れた感じでそそくさとお参りしている男性の姿もあり、知っている人にはちゃんとお詣りされているんだなぁと感じました。さらに奥へ進むと新しい薬力大明神の鳥居と祠がありさらに進むと石標があり「奥之院 竹劔稲荷神社」と書かれていました😲奥之院の存在自体知りませんでしたが、更に眷属の命婦さんが伏見稲荷でもお見掛けしないぐらいきちんとした身なりでしかも足元には子ぎつねならぬ子命婦さんまで😍これが見れただけでも踏み込んでよかったなぁって思います🤗そして竹劔稲荷へもお詣り。稲荷さんは合槌稲荷さんみたいに刀剣関係も多いけど何かつながりあるのかしら?ネット情報も拾えずでしたので吉田神社さんに聞いてみても…」由緒には奥之院については地図にさえ記載されてないから期待薄ですかねぇ・・・😔
さらに奥には「業平塚」。在原業平住居跡地のようです。一部ネット情報には「墓地」と書かれているものもありますが業平卿の墓地は隠居地の大原野十輪寺にありますしあちらの方がしっくりきます。個人的には奥の院の命婦さんだけでもお参りの価値ありでした🤗これも良きご縁ですかね😊
歴史
鎮座時期や由緒の詳細は不明。
古紀に「在原業平の居を神楽岡稲荷神社の傍らに卜す云々」とあり天長年間には既に社殿の在った事が知られ、また他の古伝には「天保年間に京師幾萬の子女郡参し昼夜の別なく満山に踊躍す是を蝶々踊と云い其の後数千の鳥居参道に樹立し雨雪為に傘を要せず」などとあり、当時の旺盛を極めていた様子がわかります。
現在の地には天保11年(西暦1840年)信徒の寄付金で造営されました。
明治5年、吉田神社 末社に定められた社です。
竹中稲荷神社(吉田神社末社)の情報
| 住所 | 京都府京都市左京区吉田神楽岡町3-64 |
|---|---|
| 行き方 |
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竹中稲荷神社(吉田神社末社)の基本情報
| 名称 | 竹中稲荷神社(吉田神社末社) |
|---|---|
| 読み方 | たけなかいなりじんじゃ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 075-771-3788(吉田神社) お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.yoshidajinja.com/yuisyo.htm#inarisya |
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