じょうりんじ|曹洞宗|実正山
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方100年後に神社お寺を残せる未来へ
定林寺について
アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(あの花)で主要な舞台の一つになっています。納経所では「あの花」の絵馬も販売されています。
また、札所入口前の坂道や、すぐそばのけやき公園なども登場しています。
おすすめの投稿


埼玉県 秩父市 桜木町に境内を構える、実正山 定林寺(じょうりんじ)アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(あの花)』にオープニングから登場するお寺として、人気の寺院、2024 に日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を参拝してますが、ここ秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、歴史的建造物 食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 実正山、寺号は 定林寺、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊は 十一面観世音菩薩、秩父札所三十四観音霊場 第十七番札所、札所ご本尊は 十一面観世音菩薩 日本百観音 の一つ、
創建年代は不明であるが、壬生良門の開基である。良門は家臣を抱えるひとかどの武将であったが、性格が粗暴で、家臣や領民も困っていた。ある日、家臣の林太郎定元が主君を諌止したところ、逆に追放処分を受けてしまった。林一家は流浪の旅を続け、当地において夫妻ともに病没してしまった。林夫妻には一人の遺児がおり、この子は「空照」という僧侶に引き取られた。その後、良門も当地に至り休憩を取っていた。そこで、元家臣の定元の最期を聞き、己の罪深さを悔いて、亡き定元のために寺を創建することになった。「定林寺」という寺号は「林太郎定元」に由来する、
『今昔物語集』にも、「壬生良門」という人物が登場するが、それとの関係は不明である、現在は、秩父札所 第十七札所となっているが、「長享の秩父札所番付(長享番付)」では 第一番札所 になっている。江戸時代に入ると、江戸からの巡礼者が秩父往還経由で来るようになったことから、番付が変更になったという

授与品
授与品をもっと見る|歴史
この札所は四間四面の簡素で均斉のとれた観音堂である。内陣周囲を古式の阿弥陀堂のように念仏回廊が回っている。
本尊は十一面観世音菩薩で、寄木造りで玉眼入り、腰を少しひねっている姿に特徴がある。
昔、東国の方にわがままな殿様が住んでいた。ある日、家来の林太郎定元が苦言を述べたことに腹を立て、殿様は定元を追放してしまった。その後、定元とその妻はあいついで病死し、取り残された子供はお寺に引き取られた。ある時、殿様が定元の子供に会い、深く反省し、その子供に林源太郎良元と名づけ、領地を授け堂宇を建てて定林寺とした。
定林寺の情報
| 住所 | 埼玉県秩父市桜木町21-3 |
|---|---|
| 行き方 | 秩父線秩父駅から徒歩14分 |
定林寺の基本情報
| 名称 | 定林寺 |
|---|---|
| 読み方 | じょうりんじ |
| トイレ | 観音堂裏の右側 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| お守り | あり |
| 絵馬 | あり |
巡礼の詳細情報
詳細情報
| ご本尊 | 十一面観世音菩薩 |
|---|---|
| 山号 | 実正山 |
| 宗旨・宗派 | 曹洞宗 |
| 文化財 | ⚫︎銅鐘(埼玉県指定有形文化財) |
| ご由緒 | この札所は四間四面の簡素で均斉のとれた観音堂である。内陣周囲を古式の阿弥陀堂のように念仏回廊が回っている。
|
| 体験 |
ホトカミのデータについて
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
近くの神社お寺
周辺エリア
定林寺に関連する記事
おすすめのホトカミ記事

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ






























