よしのみくまりじんじゃ
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楽しみ方吉野水分神社(吉野町)のお参りの記録一覧
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参拝させて頂きました。個人的にはこの日最もインパクトあった神社です。建物は本殿など重要文化財に指定されてます。あの本居宣長も訪れていたとの事なのでとても楽しみでした。門を潜ったら、最初は寂れているといっても良いくらいの古びた建物の印象でしたが同時に自分がタイムスリップしたような、建物が経た何百年歴史が一気に目の前に現れたような不思議な感じになりました。ほ社務所はなかったですがノートがあって御朱印を希望する方は送付頂けるとの記載あり。世界遺産の金峯神社も訪問される場合は徒歩でも車でも金峯神社を先に行くべきでした。今回吉野水分神社に先に行ったら金峯神社へは一方通行箇所がありぐるっと迂回せざるを得ませんでした。
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金峰神社のある奥千本を後に花矢倉展望台経由の道を徒歩で下って吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)を参拝いたしました。 こちらもユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成する資産の一部として登録されています。 「水分」とは「みくまり=水配り」と言う意味をもち、大和国は盆地という地形の関係上、雨が少なければ干ばつに悩まされ、さりとて雨が多ければ水害にも悩まされてきた地勢であった為、平安遷都以前から朝廷によって奈良の主要な水系に位置する吉野、宇陀、葛木、都祁の四つの地域に於いて水分社が建立され水分神が信仰されてきました。 吉野水分神社は葛城水分神社・都祁水分神社・宇太水分神社と共に大和国四所水分社の一つとして流水を分かち配ることを司る神・天之水分神(あめのみくまりのかみ)を主祭神に祀り、古来より祈雨・雨乞いの神事が行われてた歴史ある神社です。 創建年代については不詳なるも、最も古い記録では「続日本紀」に、文武天皇2年(698年)雨乞いの為に馬を献じたとも記されているそうです。 「みくまり」はまた「みこもり=御子守り」と訛り、平安時代中期頃になると吉野水分神社は「子守明神」「子守宮」とも呼ばれるようになって、子授け・安産・子どもの守り神として篤い崇敬を集めるようになっていきます。 現在の社殿は慶長9年(1604年)年に豊臣秀頼(とよとみひでより)によってが再建が成されたものだそうですが、父である豊臣秀吉(とよとみひでよし)がここで子授け祈願をし願いが叶って授かったのが秀頼だったという由縁もあるようです。 楼門を入ると右側に三殿一棟造りの本殿、中庭を挟んで左側に拝殿があり、中庭の枝垂桜はまだ僅かに散り際の花姿を見せてくれました。
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吉野山上千本にある神社です。
この神社の名前は「水分」と書いて「みくまり」と読みます。「みくまり」とは「水分 = 水配り」と言う意味をもち、水分神社とは流水を分かち配ることを司る神「天之水分神(あめのみくまりのかみ)」を祀っている神社のことだそうです。
後に「みくまり」=「みこもり」と読み、「身ごもり」=子授けや子どもを守り育てる神としても信仰されるようになりました。
豊臣秀吉も子授け祈願に訪れ、秀頼を授かった、「古事記伝」を著した本居宣長も自身が水分神社により授かった子であると伝えられています。
本殿・拝殿・弊殿・楼門・回廊は1605年に豊臣秀頼によって再建されたもので、国の重要文化財に指定されています。

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