まつえじょうざんいなりじんじゃ
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楽しみ方松江城山稲荷神社のお参りの記録一覧
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松江城公園の中にある神社です。
少し奥まった場所にあるためか参拝者はおられず 静かにお参りできました。
御祭神は宇迦之御魂神・誉田別尊です。
隋神門までに鳥居が5基ありました。
狛犬さんも3対ほどあるのですが 何より石狐さんの多さにびっくりです。
数えてはいないのですが かるく100を超えます。
看板には 明治時代には数千体あった とありました。
小泉八雲がお気に入りの石狐は 特別に屋根をつけてありました。
拝殿も隋神門も古い建物で素敵でしたが 御朱印が休止だったのだけが残念でした。
日本伝承大鑑に由緒がのっています。
創建は寛永15年(1638年)。
この年新しく松江藩主として領国入りしたのが徳川家康の孫にあたる松平直政である。
その直政の夢枕に現れたのが一人の美少年。
そして自らを稲荷真左衞門と名乗ると 「私はあなたを全ての災厄からお守りいたします。城内に住む場所を作っていただければ、城内はもちろん、江戸の屋敷まで火事から防ぎましょう」と言って消えた。
そこで早速城内に稲荷神社を建てたのが この城山稲荷神社であると言われる。
そしてこの創建の由来故に 松江の町ではこの稲荷神社の守り札を火難除けとして各家庭に置いており これを見た小泉八雲は“松江唯一の防火設備”と称すほどであった。
また小泉八雲が松江滞在中 毎日の散歩でこの稲荷神社を訪れていたとされる。
所狭しと並べられた狐の石像がお気に入りだったらしく とりわけ随神門そばにある一対の狐像を非常に愛でていた。
現在では傷みが激しいために境内の覆屋に安置されている。
とありました。




松江城の城山公園内、塩見縄手側に鎮座しています✨境内に大小たくさんの狐の石像があり特別な空気感を感じました😊
城山稲荷神社(じょうざんいなりじんじゃ)
主祭神 宇迦之御魂神・誉田別尊
由緒
堀尾吉晴公が亀田山に築城の際、この地にあった他の社寺は移転させられ、若宮八幡宮はそのまま守護神として祀り、徳川家康公の孫松平直政公が入国されると稲荷神社を創建し後に御城内稲荷八幡両社と称し一社を以て祀り、松江藩出雲隠岐両国の守護神として藩費を以て弁じた。 当社の御神輿が阿太加夜神社本殿に渡御し、七日間の祈祷を行い五穀豊穣、商売繁盛、災禍 防除等世の中の平和や繁栄を祈願する式年神幸祭通称ホーランエンヤは百艘を超える大船列で、九日目に還御となる。日本三大船神事の一つとよく言われている。小泉八雲がよく散策し著書によく登場する。数多い石狐の中で特に褒めていた石狐が現存している他藩政時代の文化財も多々ある。
島根県神社庁ホームページより




城上稲荷神社(じょうざん・いなり~)は、島根県松江市殿町の松江城址にある神社。祭神は稲荷大神(宇迦之御魂神)。
創建は江戸時代初期の1639年、徳川家康公の孫にあたる松平直政公が松江藩主として入国した翌年、かねて信仰していた稲荷大神を出雲國・隠岐國両国の守護神として松江城内に祀ったのが始まり。その後若宮八幡宮を合祀して「御城内稲荷八幡両社」と称し、社領の寄進、祭祀、造営などすべて藩費をもって賄うなど格別の扱いを受けた。創建当初から10年ごとに開催される当社式年神事「ホーランエンヤ」は日本三代船神事の一つと言われるほど大盛儀となっているとのこと。また、江戸時代末期、松江城近くに居住していた小泉八雲はたびたび当社を訪れ、2千以上を数えた石狐に興味を抱き、お気に入りの石狐があったほか、火除けのお札をイギリスの大英博物館に贈っている。
当社は、JR山陰本線・松江駅の北西、道のり2kmにある松江城址の北端部にある。境内は広くはないが、入口の鳥居から隋神門までの道のりはそこそこあって、説明書きなども多く、じっくり見て廻ると楽しい神社。せっかくの面白い神社だが、松江城の入口や駐車場は敷地の南東部にあり、多くの観光客が敷地中央部にある松江城周辺だけを見て廻るため、参拝者は少ない印象。
今回は、松江城址にある神社をすべて廻ってみようと思い、松江神社、松江護国神社に続いて参拝した。参拝時は週末の午後遅めの時間で、参拝者はほとんど見掛けなかった。

松江城址の最北部の通路脇にある、木製の<一の鳥居>と<社号標>。鮮やかな朱色が印象的。

一の鳥居のすぐ後ろにある<二の鳥居>。両サイドに見える出雲構え獅子型の<狛犬>は、かなり年季が入っている。

松江護国神社から歩いて数分です
創建は寛永15年(1638年)。この年、新しく松江藩主として領国入りしたのが、徳川家康の孫にあたる松平直政である。その直政の夢枕に現れたのが、一人の美少年。そして自らを稲荷真左衞門と名乗ると、「私はあなたを全ての災厄からお守りいたします。城内に住む場所を作っていただければ、城内はもちろん、江戸の屋敷まで火事から防ぎましょう」と言って消えた。そこで早速城内に稲荷神社を建てたのが、この城山稲荷神社であると言われる。そしてこの創建の由来故に、松江の町ではこの稲荷神社の守り札を火難除けとして各家庭に置いており、これを見た小泉八雲は“松江唯一の防火設備”と称すほどであった。
また小泉八雲が松江滞在中、毎日の散歩でこの稲荷神社を訪れていたとされる。所狭しと並べられた狐の石像がお気に入りだったらしく、とりわけ随神門そばにある一対の狐像を非常に愛でていた。現在では傷みが激しいために境内の覆屋に安置されている。
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