まつえじょうざんいなりじんじゃ
松江城山稲荷神社のお参りの記録一覧
四社目は松江城山稲荷神社です🦊⛩️🦊松江護国神社のすぐそばで,鳥居が見えるのですが,今まで何となく足が向かわなかったのですが,出世稲荷神社など,お稲荷さん🦊にお参りすることが多かったので,久しぶりにお参りです🦊どうやら宮司さんたちはお留守のようでしたが,やっぱりこの神社も雰囲気いいですね〜😄小泉八雲のお気に入りの神社だというのもなんかわかります🤩神社の至る所に石狐🦊さんがたくさんいらっしゃいますので何だか楽しいです🦊🦊🦊やっぱりお参りは楽しいですね😊
よく見るんだけどお参りはホントに久しぶりだなぁ🦊
参道の石階段を登ります🪨
随神門から拝殿です🦊
拝殿の扁額です🦊
本殿です🦊
荒神社跡です。看板で見えませんが,御神木が伐採されています。
小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの特にお気に入りだった石狐🦊とのことです🦊🦊
境内社です。稲荷神社,熊野神社,そして僕の大好きな推惠神社の三社です🦊
境内社の金刀比羅神社です🦊
社務所です。今日はお留守のようです。また,今は御朱印はお休みしているようですね。
松江城の城山公園内、塩見縄手側に鎮座しています✨境内に大小たくさんの狐の石像があり特別な空気感を感じました😊
城山稲荷神社(じょうざんいなりじんじゃ)
主祭神 宇迦之御魂神・誉田別尊
由緒
堀尾吉晴公が亀田山に築城の際、この地にあった他の社寺は移転させられ、若宮八幡宮はそのまま守護神として祀り、徳川家康公の孫松平直政公が入国されると稲荷神社を創建し後に御城内稲荷八幡両社と称し一社を以て祀り、松江藩出雲隠岐両国の守護神として藩費を以て弁じた。 当社の御神輿が阿太加夜神社本殿に渡御し、七日間の祈祷を行い五穀豊穣、商売繁盛、災禍 防除等世の中の平和や繁栄を祈願する式年神幸祭通称ホーランエンヤは百艘を超える大船列で、九日目に還御となる。日本三大船神事の一つとよく言われている。小泉八雲がよく散策し著書によく登場する。数多い石狐の中で特に褒めていた石狐が現存している他藩政時代の文化財も多々ある。
島根県神社庁ホームページより
~出雲への旅~
③松江藩守護神『松江城山稲荷神社』参拝
小泉八雲の愛した石狐さんに会える☘️日本三大船神事ホーランエンヤの起点神社🎵
大小数百の石狐が境内をぐるりと取り囲み、小さな御社にも様々な姿が見られます💕
葵の神紋!!徳川家康の孫 (+豊臣秀吉の孫) にあたる松平家初代藩主直政公が、夢枕のお告げを聞いて創建されたという逸話があるのもいいなぁーって思いながら参拝 (*´μ`*)
御朱印はまだ中止、、張り紙がありました~
ここから県境を越え鳥取の境港で宿泊!
とにかくハードな一日 (; ・`д・´)
鮮やかな鳥居!
葵の神紋がお出迎え💕
隋神門の狛狐さん
傷みがはげしくなり現在は二代目に代替わり♪
こちらも表情がなんともいい (*´μ`*)
ホーランエンヤの絵馬もステキ!!
隋神門も歴史を感じます(*´ω`*)
ここにいる狛狐が八雲の一番のお気に入りだったそうです!
こちらが初代の隋神門を護る狛狐さん✨✨
八雲に愛され引退しても大切にされている様子(*´μ`*)
写真がボケていてガッカリ
御本殿
葵の神紋と三つの扁額
『若宮八幡宮』『稲荷神社』
大小数百の石狐がずらり~八雲のお気に入りの神社✨
狛犬さんもいました
城上稲荷神社(じょうざん・いなり~)は、島根県松江市殿町の松江城址にある神社。祭神は稲荷大神(宇迦之御魂神)。
創建は江戸時代初期の1639年、徳川家康公の孫にあたる松平直政公が松江藩主として入国した翌年、かねて信仰していた稲荷大神を出雲國・隠岐國両国の守護神として松江城内に祀ったのが始まり。その後若宮八幡宮を合祀して「御城内稲荷八幡両社」と称し、社領の寄進、祭祀、造営などすべて藩費をもって賄うなど格別の扱いを受けた。創建当初から10年ごとに開催される当社式年神事「ホーランエンヤ」は日本三代船神事の一つと言われるほど大盛儀となっているとのこと。また、江戸時代末期、松江城近くに居住していた小泉八雲はたびたび当社を訪れ、2千以上を数えた石狐に興味を抱き、お気に入りの石狐があったほか、火除けのお札をイギリスの大英博物館に贈っている。
当社は、JR山陰本線・松江駅の北西、道のり2kmにある松江城址の北端部にある。境内は広くはないが、入口の鳥居から隋神門までの道のりはそこそこあって、説明書きなども多く、じっくり見て廻ると楽しい神社。せっかくの面白い神社だが、松江城の入口や駐車場は敷地の南東部にあり、多くの観光客が敷地中央部にある松江城周辺だけを見て廻るため、参拝者は少ない印象。
今回は、松江城址にある神社をすべて廻ってみようと思い、松江神社、松江護国神社に続いて参拝した。参拝時は週末の午後遅めの時間で、参拝者はほとんど見掛けなかった。
松江城址の最北部の通路脇にある、木製の<一の鳥居>と<社号標>。鮮やかな朱色が印象的。
一の鳥居のすぐ後ろにある<二の鳥居>。両サイドに見える出雲構え獅子型の<狛犬>は、かなり年季が入っている。
両サイドに着目すると、狛犬の後ろには、大きなサイズの<狛狐>が鎮座している。こちらもかなりの年季。
この後、まっすぐ進んで小さな<三の鳥居>をくぐり、参道は左に曲がる。
しばらく進むと、<四の鳥居>と丘の上の建物が見えてくる。
四の鳥居をくぐって、参道左側にある<手水舎>。
神門まで続く階段。階段が拡張されたように見えるが、小泉八雲が通ったころの階段は左側かな?
階段を登り切ると<神門>がある。提灯の赤い<葵の御紋>と、顔のない<狛狐>が目を引く。
この顔がのっぺりした<狛狐>は、小泉八雲がお気に入りだった狛狐を復元したものらしい。
神門をくぐり、<拝殿>全景。最小限の彫刻が入ったシンプルな拝殿で、端正なルックス。社殿周りの境内はこぢんまりとしている。
<拝殿>正面。扁額には<稲荷神社・若宮八幡宮>の文字。<葵の御紋>の神社幕が誇らしげ。
社殿の右側は<授与所>。御朱印はこちら。
拝殿右側には、<金刀比羅神社>と<熊野大社>の小さな社殿が立っているが、不思議なことに、たくさんの<きつね>で埋め尽くされている。
拝殿後ろの<本殿>。江戸時代後期の1812年の建立。
本殿右側の<御神木>。写真右側の石像は、劣化が進みすでに狛犬化狛狐か判別できなくなっているが、丸みがあってなんとなく可愛らしい。
現在でも千体はあるという<きつね>たち。この中に、<玉を持ったきつね>と<玉に乗ったきつね>がそれぞれ一体ずつあって、見付けると運気が向上するらしい...(^_^;)
最後に社殿全景。千体の<きつね>をゆっくり見て、味わいながら廻るのも楽しそう。(^▽^)/
松江護国神社から歩いて数分です
創建は寛永15年(1638年)。この年、新しく松江藩主として領国入りしたのが、徳川家康の孫にあたる松平直政である。その直政の夢枕に現れたのが、一人の美少年。そして自らを稲荷真左衞門と名乗ると、「私はあなたを全ての災厄からお守りいたします。城内に住む場所を作っていただければ、城内はもちろん、江戸の屋敷まで火事から防ぎましょう」と言って消えた。そこで早速城内に稲荷神社を建てたのが、この城山稲荷神社であると言われる。そしてこの創建の由来故に、松江の町ではこの稲荷神社の守り札を火難除けとして各家庭に置いており、これを見た小泉八雲は“松江唯一の防火設備”と称すほどであった。
また小泉八雲が松江滞在中、毎日の散歩でこの稲荷神社を訪れていたとされる。所狭しと並べられた狐の石像がお気に入りだったらしく、とりわけ随神門そばにある一対の狐像を非常に愛でていた。現在では傷みが激しいために境内の覆屋に安置されている。
初詣第3弾,松江護国神社の次に参拝しました。ホーランエンヤと関係の深い神社で,そういえば昨年最後に参拝した神社が阿太加夜神社で,今年最初に(まぁ3社目ですが…😅)この神社にお参りできたのも何かの縁なのかな,と思いました🤔(実は最初に初詣をしようと思った神社は別の神社だったもので…)小泉八雲ゆかりの神社であり,色々なところにたくさん🦊さんがいますが静かな良い神社でした。次回のホーランエンヤ,令和11年5月下旬に参拝してみたいと思いました🤗
松江護国神社からやってきました。
小泉八雲ゆかりの神社です。
一ノ鳥居です。赤いです🦊
参道を歩きます。狛犬と狛狐がいます🦊
ホーランエンヤについて書いてあります。
神社の地図です。
さらに参道を歩きます。ここにも狛狐が🦊
駐車場です。
手水舎です。
随神門が見えてきました。
社務所です。
随神門に着きました。
御由緒書きです。
御神徳等,随神門の裏にありました。
拝殿です。
扁額です。
拝殿の中です。
末社です。
石狐の説明書きです🦊
石狐がたくさん🦊🦊
本殿です。
末社です。ここにも🦊さんがたくさん🦊🦊🦊🦊🦊
🦊🦊🦊
この2体の石狐🦊🦊が小泉八雲の1番のお気に入りだということですよ🤗
末社です。
松江藩ゆかりの竈が奉納してあります。
神札授与所です。
祈祷の受付がありました。
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