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尾浜八幡神社のお参りの記録一覧
兵庫県 立花駅

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きどっち
きどっち
2022年04月28日(木)1543投稿

尼崎市の庄下川沿いに鎮座しています。
現在、社殿の修繕工事中で拝殿まわりは足場が組まれていました。

御祭神 応神天皇

御由緒(境内の案内板より)

創立年代は不詳であるが、恐らく尾浜の歴史と共に古くから存在し、天正年間の荒木村重滅亡時の戦火にあったのではないかと考えられる。
昭和20年の戦災以前は境内に八幡造りの社殿と古風な大日堂があって神仏混淆時代の名残りを留めており、真夏でも涼しい鎮守の森であった。
神社境内東北の一隅にある宝筐院塔が明月姫の墓、又は塔と云われているもので、摂陽群談に「国春塔尾濱村大日堂境内にあり或は亦明月姫の塔とも云えり・・・」とあり、又摂津名所図絵にも「明月姫の塔尾濱村大日堂にあり、此寺は明月姫の菩堤所也」とある。

御由緒に書かれている「名月姫」について、名月姫物語伝説が尼崎市神社あんないのHPに記載がありましたので転載させていただきます。

神崎に、刑部左衛門国春(きょうぶざえもんくにはる)という人が住んでいた。国春には子どもがいなかったので、名月の夜、月に子宝の授からんことを祈ったところ、女の子が生まれた。そこで名月姫と名付けた。
彼女の美しさは成長するにつれて増し、うわさは京の都まで届いたという。
ところが能勢(大阪府)に住む武士が名月姫に一目惚れして、彼女を奪い去ってしまった。
悲しみにくれた母はやがて亡くなり、父は巡礼の旅に出た。当時は平清盛の時代で、清盛は日宋貿易を進めるために、大輪田泊(神戸の港)の修築にとりかかっていた。しかし、工事は難航し、はかどらなかったので、30人の人柱を立てることにした。関所を設け、人柱にする人々を捕らえた。そのなかに国春がいた。
人づてにそのことを聞いた名月姫は、清盛に父の身代わりになることを申し出た。
しかし国春も娘の名月姫は助けたいと思い、お互いかばい合っている時に、平清盛の寵童 松王丸が国春親子の恩愛の情に感じ、また多数の人命を犠牲となすを悲しみ請うて自分一人が人柱となって海へ身を投じた。
この松王丸の死によって国春と名月姫は助かり、再会することができた。

ハッピーエンドみたいな話になっていますが、実に悲しい話です。
一人の犠牲により多くの人を救った・・・アルマゲドンを想像してしまいました😅

尾浜八幡神社の御朱印

御朱印

尾浜八幡神社の鳥居

鳥居は境内東側、庄下川川からになります

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