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(ながら)てんじんじんじゃ

(長良)天神神社
岐阜県 田神駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
あり

普通サイズ(11×16)、大サイズ(12×18)、寺社オリジナル

パーキング
駐車場
あり

あり40台

(長良)天神神社について

西暦1460〜1466年ぐらいに創建の神社です。

岐阜県のおすすめ🎍

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Sunny
Sunny
2026年01月17日(土)41投稿

岐阜県岐阜市長良地区、金華山麓の岐阜公園と長良川を越え北に進んだところにある「長良天神神社」へ初参拝させていただきました。学問の神様・菅原道真公をお祀りする神社です。共通テスト前日のこの日、受験生であろう大勢の高校生のみなさんが、学校帰りに参拝にいらしていました。境内は狭い道に囲まれた住宅地のなかにひっそりとありました。とても静かな境内、神門をくぐると、すぐ左手に大きな四季桜の木があり、きれいな桜の花を咲かせていました。手水舎をこえ奥に進むと、左手に大きく立派な枝垂れ桜の木がありました。右手には、手入れの行き届いた梅の木がありました。枝垂れ桜の咲く頃に、またぜひ参拝させていただきたいと思います。直書きの御朱印をいただきました(500円)。境内の南東端に辰山稲荷神社があり、そちらも参拝させていただきました。駐車場は境内の南東砂利のエリアに5〜6台駐車可能です。車で西口より入り神門を通り過ぎ、左(北)へ曲がり境内に入ります。帰りは東側へ出ます。東側から出た直ぐの道は狭過ぎて進入不可、300mほど細い民家の間の道を直進してから左折・右折可能になります。当日は南口より車での進入禁止の案内がありました。参拝者全員が嬉しい報告ができますように。

(長良)天神神社の御朱印

直書きの長良天神神社御朱印(500円)

(長良)天神神社(岐阜県)

神門

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歴史

長良の氏神さま、天神神社は、菅原道真公を祀り今から
約800年前に京都北面の武士から美濃の国の目代に任じられた
斎藤家によって建てられました。斎藤家は京都北野天満宮を奉信しており、
美濃に赴任し金華山に城を築くと共に守護として、当神社を祀りました。
その後、寛正年間(1460~1466)斎藤利藤が本殿を造営し、
天正16年(1588)池田輝政が社壇を構築寄進し現在も残っています。
江戸時代になると長良が尾張藩の所領となり、尾張藩や支藩高須城主も
亦当神社を尊崇し、藩主代替わりの度に参拝を恒例として
篤い崇敬を寄せられた。十代藩主義建侯は二度に亘って神額を奉納されている。
かく武門の篤い尊崇が寄せられたので郷民の崇敬も亦厚く、
長良三郷の惣社と仰ぎ、慶長年間(1596~1614)に社殿の造営、
元和年間(1615~1623)に拝殿の再建、
享和元年(1801~1803)本殿の造営(現存)、
嘉永五年(1852)に拝殿の造営(現存)を奉仕する等、
古来より神威の高い神社である。
昭和34年伊勢湾台風により、森厳な森の大木が倒伏し、
社殿が破損し昭和36年復興造営奉賛会が設立され、
祭文殿、祝詞殿、社務所、神門、参集殿を新築。翼廊を増築し、
境内整備が行われ昭和61年に南大鳥居が竣工し、社頭の尊厳が一新、
神威ひときわ高く輝き、現在に至っている。

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(長良)天神神社の情報

住所岐阜県岐阜市長良天神1972番地の1
行き方

東海北陸自動車道岐阜各務原インターより15分

JR岐阜駅・名鉄岐阜駅から「岐阜バス」乗り、「長良天神前バス停」下車。すぐ。

岐阜県のおすすめ🎍

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(長良)天神神社の基本情報

名称(長良)天神神社
読み方(ながら)てんじんじんじゃ
通称長良天神神社 長良天神
参拝時間

9:00~17:00

トイレあり
御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳あり
電話番号058-231-7703

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://www.nagaratenjin.com/
絵馬あり

詳細情報

ご祭神《主》菅原道真
創建時代伝、鎌倉時代
創始者斎藤家
ご由緒

長良の氏神さま、天神神社は、菅原道真公を祀り今から
約800年前に京都北面の武士から美濃の国の目代に任じられた
斎藤家によって建てられました。斎藤家は京都北野天満宮を奉信しており、
美濃に赴任し金華山に城を築くと共に守護として、当神社を祀りました。
その後、寛正年間(1460~1466)斎藤利藤が本殿を造営し、
天正16年(1588)池田輝政が社壇を構築寄進し現在も残っています。
江戸時代になると長良が尾張藩の所領となり、尾張藩や支藩高須城主も
亦当神社を尊崇し、藩主代替わりの度に参拝を恒例として
篤い崇敬を寄せられた。十代藩主義建侯は二度に亘って神額を奉納されている。
かく武門の篤い尊崇が寄せられたので郷民の崇敬も亦厚く、
長良三郷の惣社と仰ぎ、慶長年間(1596~1614)に社殿の造営、
元和年間(1615~1623)に拝殿の再建、
享和元年(1801~1803)本殿の造営(現存)、
嘉永五年(1852)に拝殿の造営(現存)を奉仕する等、
古来より神威の高い神社である。
昭和34年伊勢湾台風により、森厳な森の大木が倒伏し、
社殿が破損し昭和36年復興造営奉賛会が設立され、
祭文殿、祝詞殿、社務所、神門、参集殿を新築。翼廊を増築し、
境内整備が行われ昭和61年に南大鳥居が竣工し、社頭の尊厳が一新、
神威ひときわ高く輝き、現在に至っている。

ご利益
体験
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