(ながら)てんじんじんじゃ
(長良)天神神社岐阜県 田神駅
9:00~17:00
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楽しみ方西暦1460〜1466年ぐらいに創建の神社です。

岐阜県岐阜市長良地区、金華山麓の岐阜公園と長良川を越え北に進んだところにある「長良天神神社」へ初参拝させていただきました。学問の神様・菅原道真公をお祀りする神社です。共通テスト前日のこの日、受験生であろう大勢の高校生のみなさんが、学校帰りに参拝にいらしていました。境内は狭い道に囲まれた住宅地のなかにひっそりとありました。とても静かな境内、神門をくぐると、すぐ左手に大きな四季桜の木があり、きれいな桜の花を咲かせていました。手水舎をこえ奥に進むと、左手に大きく立派な枝垂れ桜の木がありました。右手には、手入れの行き届いた梅の木がありました。枝垂れ桜の咲く頃に、またぜひ参拝させていただきたいと思います。直書きの御朱印をいただきました(500円)。境内の南東端に辰山稲荷神社があり、そちらも参拝させていただきました。駐車場は境内の南東砂利のエリアに5〜6台駐車可能です。車で西口より入り神門を通り過ぎ、左(北)へ曲がり境内に入ります。帰りは東側へ出ます。東側から出た直ぐの道は狭過ぎて進入不可、300mほど細い民家の間の道を直進してから左折・右折可能になります。当日は南口より車での進入禁止の案内がありました。参拝者全員が嬉しい報告ができますように。
もっと読む長良の氏神さま、天神神社は、菅原道真公を祀り今から
約800年前に京都北面の武士から美濃の国の目代に任じられた
斎藤家によって建てられました。斎藤家は京都北野天満宮を奉信しており、
美濃に赴任し金華山に城を築くと共に守護として、当神社を祀りました。
その後、寛正年間(1460~1466)斎藤利藤が本殿を造営し、
天正16年(1588)池田輝政が社壇を構築寄進し現在も残っています。
江戸時代になると長良が尾張藩の所領となり、尾張藩や支藩高須城主も
亦当神社を尊崇し、藩主代替わりの度に参拝を恒例として
篤い崇敬を寄せられた。十代藩主義建侯は二度に亘って神額を奉納されている。
かく武門の篤い尊崇が寄せられたので郷民の崇敬も亦厚く、
長良三郷の惣社と仰ぎ、慶長年間(1596~1614)に社殿の造営、
元和年間(1615~1623)に拝殿の再建、
享和元年(1801~1803)本殿の造営(現存)、
嘉永五年(1852)に拝殿の造営(現存)を奉仕する等、
古来より神威の高い神社である。
昭和34年伊勢湾台風により、森厳な森の大木が倒伏し、
社殿が破損し昭和36年復興造営奉賛会が設立され、
祭文殿、祝詞殿、社務所、神門、参集殿を新築。翼廊を増築し、
境内整備が行われ昭和61年に南大鳥居が竣工し、社頭の尊厳が一新、
神威ひときわ高く輝き、現在に至っている。
| 住所 | 岐阜県岐阜市長良天神1972番地の1 |
|---|---|
| 行き方 | 東海北陸自動車道岐阜各務原インターより15分 JR岐阜駅・名鉄岐阜駅から「岐阜バス」乗り、「長良天神前バス停」下車。すぐ。 |
| 名称 | (長良)天神神社 |
|---|---|
| 読み方 | (ながら)てんじんじんじゃ |
| 通称 | 長良天神神社 長良天神 |
| 参拝時間 | 9:00~17:00 |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 058-231-7703 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.nagaratenjin.com/ |
| 絵馬 | あり |
| ご祭神 | 《主》菅原道真 |
|---|---|
| 創建時代 | 伝、鎌倉時代 |
| 創始者 | 斎藤家 |
| ご由緒 | 長良の氏神さま、天神神社は、菅原道真公を祀り今から
|
| ご利益 | |
| 体験 |
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