たましきじんじゃ
玉敷神社埼玉県 加須駅
参拝自由
授与所:09:00〜16:30
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楽しみ方玉敷神社では通常3種類の御朱印をいただけます。ほかに、行事に合わせて限定の御朱印も頒布されています。

小松神社様から県道128号線を南下して加須市へ。加須市騎西に鎮座する玉敷神社様へあがらせていただきました。こちらは大己貴命を御祭神としてお祀りしています。創建は文武天皇の御代の大宝三年(703)、東山道鎮撫使の多治比真人三宅麿という人物により創建されたと伝えられています。平安時代、醍醐天皇の御代、延長五年(927)に公布された律令の施行細則「延喜式」の神名帳に名前が載っています。
戦国時代、天正二年(1574)には越後の上杉謙信が出兵した際、当時正能村にあった玉敷神社はその兵火で炎上し古文書や社殿などを失いました。江戸時代、寛永四年(1627)頃、騎西城主大久保加賀守忠職によって現在の地に遷座されました。以来、明治維新に至るまで「勅願所久伊豆大明神」と呼ばれ、埼玉郡の総鎮守、また騎西領四十八箇村の総氏神として尊崇されました。広範な領域に及ぶ信仰は今もなお受け継がられています。
〈玉敷神社神楽〉
三百年を超える伝統があり、江戸神楽の原形をなすともいわれています。記録には正保や享保などの記載があるため江戸時代初期頃には成立したものと考えられています。


江戸時代までは「勅願所玉敷神社、久伊豆大明神」と称し、旧埼玉郡(現南北両埼玉郡)の総鎮守であり、騎西領48箇村の氏神でもあった。
元荒川流域に分布する久伊豆神社の総本社と言われる。
天正2年(1574年)、上杉謙信の関東出兵の際兵火にかかり炎上、社殿をはじめ、古記録・宝物など悉く消失した。
現在の社殿はその後再建されたもので、当時より数百メートル南方へ移動した。
國學院大學の学長を務め、紫綬褒章も受けた神道学者・河野省三はこの神社の社司も務めていた。
| 住所 | 埼玉県加須市騎西552 |
|---|---|
| 行き方 |
| 名称 | 玉敷神社 |
|---|---|
| 読み方 | たましきじんじゃ |
| 通称 | 騎西の明神様、久伊豆大明神 |
| 参拝時間 | 参拝自由
|
| 参拝にかかる時間 | 約15分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | あり |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 0480-73-6022 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://tamashiki.or.jp/index.html |
| おみくじ | あり |
| お守り | あり |
| SNS |
| ご祭神 | 《主祭神》 大己貴命 《配祀神》 天照大御神 豊受大神 伊弉諾尊 伊弉冉尊 軻遇突智命 |
|---|---|
| 創建時代 | 大宝三年(703) |
| 創始者 | 多治比真人三宅麿 |
| 本殿 | 三間社流造 |
| ご由緒 | 江戸時代までは「勅願所玉敷神社、久伊豆大明神」と称し、旧埼玉郡(現南北両埼玉郡)の総鎮守であり、騎西領48箇村の氏神でもあった。
國學院大學の学長を務め、紫綬褒章も受けた神道学者・河野省三はこの神社の社司も務めていた。 |
| ご利益 | |
| 体験 |
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