たけひこじんじゃ
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茅ヶ崎市堤に鎮座する神社です。
明治末期の神社整理で行谷(なめがや)の金山神社、下寺尾の諏訪神社、もともと当地に鎮座する諏訪神社が合併して「建彦神社」になりました。建御名方命の「建」と、金山彦命の「彦」の名をとって建彦神社と改名したといいます。
神社誌によれば、明治43年に近隣の20社を合祀したとありますが、金山神社は合祀後に流行病があり再び旧地に分祀され、他の各社も旧地に分祀されているものがあるようです。
茅ヶ崎市芹沢の腰掛神社の伝承から、建彦神社の「建彦」は、漢字は違えどその音が同じなので、相模国造の「茅武彦命」と関係があるのかなと思い参拝しました。帰って調べてみたら、明治についた社号ということで関係なさそうでした😅でもちょっと意味深だよなぁ…。
20社も合祀したということで、建彦神社のご祭神は12柱もいらっしゃるのですが、その中に聞いたことのない神様が3柱いました。
【総明玉命(ふさあかるたまのみこと)】
たぶん櫛明玉命のことだと思うけど…詳細わからず。
【菅原祇命(すがわらつみのみこと)】
道真公のことだと思いますが、大山祇命と合体してる?でもご祭神に大山祇命も別にいらっしゃるし…😓こちらも詳細わからず。
【天照姫命(あまてらすひめのみこと)】
天照大御神のことだと思いましたが、奈良県吉野の天河神社のwikiにその名が。(※『』内は引用)
『天河神社社家が代官所に1712年に出した「願書」に「生身天女の御鎮座天照姫とも奉崇して、今伊勢国五十鈴之川上に鎮り座す天照大神別体不二之御神と申し伝える」とあることからも判明するように、創建に関わった天武天皇と役行者は、伊勢神宮内宮に祀られる女神を天の安河の日輪弁財天として祀った。』
他にも「大峰山脈と其渓谷」という書籍の天河神社の項にも『最初の祭神は天照姫命であつて、とにかく此の神を祀る小祠が太古より在して居たのであつた。』とありました。私見ですが、おそらくこの天照姫命は瀬織津姫命のことではないかと思いました。
これらの神様が祀られていた合祀前の社号からも何か手がかりがないかなと思いましたが、茅ヶ崎市史に載っているのはすべてではないそうです。わかっているだけで、八王子、天神、羽黒、稲荷、八幡、神明、山王、第六天、十二天、山の神…だそうです。うーん…🤔
予想していた茅武彦命との繋がりはありませんでしたが、思わぬ神様との出会いにワクワクしました。詳細はわからないままですが、それはそれでロマンがあります😊今後どこかで繋がることもあるかも?
(参考・参照)
・ふるさとの歴史散歩
・茅ヶ崎市史3(考古・民俗)


参道

奥にあるのが万治2年(1659)銘の二猿の庚申塔です。前日の風雨で地面が泥濘んでいたので近くに行くのはやめました。

神楽殿と鐘楼


拝殿






ご神木と手水鉢

社務所

第六天と刻まれていました。



建彦神社新築寄付金芳名の碑
境内・文化財
境内・文化財をもっと見る|| 名称 | 建彦神社 |
|---|---|
| 読み方 | たけひこじんじゃ |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》建御名方命 金山彦命 下照姫命 大日孁貴命 総明玉命 国常立命 澳津彦命 天照姫命 大国主命 菅原祇命 大山祇命 誉田別命 |
|---|---|
| ご由緒 | この地に江戸時代には諏訪神社がありましたが、明治末期に、この諏訪神社と行谷の金山神社と下寺尾の諏訪神社が合祀されて建彦神社になりました。諏訪神社の祭神である「建御名方命」の『建』と、金山神社の「金山彦命」の『彦』の名をとって改めたものですが、社殿の扁額には「健彦神社」とあります。鐘楼の南東の林の中に、万治2年(1659)銘の二猿の庚申塔がありますが、ここは往年の鐘楼があったところだといわれています。
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| ご利益 | 縁結び・恋愛成就 |
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