しらくにじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方白國神社のお参りの記録一覧
絞り込み

廣峯神社に行く道中に見覚えのある『白国神社』を通りました。
かなり以前に安産祈願と七五三でお参りさせていただいていた記憶があったので、再度じっくりとお参りさせていただいきました。
やはり安産祈願などでお参りされる方が多いようです。
入り口には『撫で戌』というかわいい石の置き物があり、その他の先にも、ちらほら可愛らしい石の置き物がありました。
御朱印にも種類がありせっかくなので『女性限定』の御朱印をお願いしました。
お宮参りに来られていた人もいて、何だかホッコリしました。
絵馬も『くり抜き絵馬』という絵馬があり、お願い事を記入し、絵馬の真ん中の『マタニティマーク』をくり抜くとボールチェーンなどで、かばんなどに取り付けられるようです。



兵庫県姫路市にある神社です。
ご祭神は、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、稲背入彦命(いなせいりひこのみこと)、阿曽武命(あそたけるのみこと)です。
当社HPによると
今を去る千八百年前の昔、景行天皇の御子 稲背入彦命は、大和から当地方へ下向され、この白國の地に宮殿を構えて播磨地方を統治されました。
ある日のこと、その御孫 阿曽武命の妃・高富媛がご出産にあたり大変苦しまれました。
阿曽武命は倉谷山の峰に白幣を立て神吾田津日売命を祀り、一心に安産を祈願されたところ女神が現れ、「妾が神吾田津日売である。汝の祈りは天に通じている。妾がこの地に長く留まり婦人を守護し安産させましょう。」とお告げになられ、白幣が天高く舞い上がり、その白幣と共にお隠れになられました。
阿曽武命が館に帰られると無事に男子を出産されており、その神徳に感謝されました。
神恩に報いるため、倉谷山の麓に社殿を設け、神吾田津日売を祀られたのが、白國神社の由緒と伝わっています。
市街地の道を筋一本内に入った場所にあります。
随身門の左右の部屋に安置されている随身像は、互いを向き合う対面型の配置です。
修復奉納されて20年ほどです。
随身門をくぐり、鳥居までくると、かわいらしい撫で戌がいます。
顔が本当にかわいらしい。
鳥居までくると、由緒書の看板があります。
ここで、「おやっ女性守護の神社とな」と気づき、少々恥ずかしく感じることになります。
本殿横には、「産道参道」と書かれた安産祈願の巨大絵馬がありました。
なるほど、この時、男性は参拝されていらっしゃいません。
以前、京都の河合神社を参拝した時と同じです。
御朱印をいただいてそそくさと。。。と考えたところ。。。
御朱印に 「女性の方のみ授与となります」 なるものが存在するのです。
「はいすみませーん」 そそくさと退散いたしました。



【播磨國 式内社巡り】
白國神社(しらくに~)は、兵庫県姫路市白国にある神社。式内社で、播磨国四之宮。旧社格は県社。祭神は木花咲耶媛(神吾田津比売命)、稲背入命、阿曾武命。
社伝によると、第12代景行天皇の皇子・稲背入彦は大和から播磨に下向し国造となったが、その孫・阿曾武命が妻・高富媛の安産を祈願したところ、無事男児を出産し、その神徳に感謝して木花咲耶媛を祀る社を創建したのが始まり。平安時代の877年には神階を奉授された。また、927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「播磨國 飾磨郡 白國神社 小」に比定されている。平安時代末期には二条天皇から腰刀を下賜された。その後は、播磨國の四之宮とされ崇敬を集めた。明治に入り、近代社格制度のもと郷社に列し、その後県社に昇格した。
当社は、JR山陽本線・山陽新幹線・姫路駅の北北東4kmあまりの、なだらかな小山の麓にある。境内南端の隋神門から、緩やかに登る参道を進んで行くと、その突き当りに大きな社殿がある造り。安産と育児の神様、女性の守護神を謳っているだけあって、安産の撫で犬があったり、当社マスコット入りの授与品があったりと全体に女性にとって親しみやすく工夫されている。
今回は、播磨國の式内社、兵庫県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中で、工事業者や氏子さんが造園作業をしていて賑わっていた。参拝者は自分以外にも数人見掛けた。

境内南端の少し南側にある<鳥居>と<社号標>。鳥居は2つの石柱に縄が架けてあるタイプ。参道が公道だからかな?
社号標は小さくて控えめ。

境内南端の<隋神門>。正面から見ると、随神像は祀られていない。


播磨國四の宮
御祭神:木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
稲背入彦命
阿曽武命
境内の由緒書きの内容を記載しようかと思いましたが、白國神社HPに掲載されているご由緒のほうが判りやすい表現だったため、そちらを記載させていただきます。
~以下、白國神社HPより~
今を去る千八百年前の昔、景行天皇の御子 稲背入彦命は、大和から当地方へ下向され、この白國の地に宮殿を構えて播磨地方を統治されました。
ある日のこと、その御孫 阿曽武命の妃・高富媛がご出産にあたり大変苦しまれました。
阿曽武命は倉谷山の峰に白幣を立て神吾田津日売命を祀り、一心に安産を祈願されたところ女神が現れ、「妾が神吾田津日売である。汝の祈りは天に通じている。妾がこの地に長く留まり婦人を守護し安産させましょう。」とお告げになられ、白幣が天高く舞い上がり、その白幣と共にお隠れになられました。
阿曽武命が館に帰られると無事に男子を出産されており、その神徳に感謝されました。
神恩に報いるため、倉谷山の麓に社殿を設け、神吾田津日売を祀られたのが、白國神社の由緒と伝わっています。
安産祈願、子育大願、夫婦和合などの御利益があるそうです。
車で行かれる方は、少しだけ狭い道路を通るため、大型車は注意してください。
姫路市白国5-15-1
もっと読む

兵庫県のおすすめ2選🎌
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ






















































