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志磨神社ではいただけません
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しまじんじゃ

志磨神社
和歌山県 紀和駅

参拝自由
授与所:09:00〜17:00

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

社務所横にあり(10台ほど駐車可能)

その他の巡礼の情報

紀三所社

和歌山県のおすすめ🍁

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おすすめの投稿

神祇伯
神祇伯
2023年03月13日(月)
1458投稿

紀伊国名草郡の名神大社です。「中之島」の地名の通り、元々は近くに流れる紀の川の三角州にあったらしく、文献によっては同じ読みで"島神社"とも呼ばれていました。
同じく名神大社の伊達神社と静火神社と共に「紀三所社」と呼ばれており、紀氏と神功皇后にゆかりのある神社だったそうです。

志磨神社(和歌山県)

《神門》

志磨神社(和歌山県)

《鳥居と社号碑》
銅色の大鳥居に屋根瓦がついています。

志磨神社の建物その他

《表参道》
この左手に神門奥の駐車場まで続く車道があります。

志磨神社の建物その他

《御奉賛の看板》
創建1850年…天皇でいうと13代成務天皇さまの御代あたりですね。古く感じますが崇神天皇さまの時期よりは新しく、日本武尊さまの時期より少し古いくらいです。

志磨神社(和歌山県)

《梅の木》
もう咲き始めてますね。

志磨神社(和歌山県)

《拝殿》
本殿と奥の獅子狛犬像が秀吉公の紀州攻めに遭ったあと1628年に再興されて以降、現在まで残ってます。そのため去年県の指定文化財に登録されました。

志磨神社の本殿

《拝殿前の扁額》🙏
👁チェックポイント‼️
紀三所社の志麿・伊達・静火の3社は神功皇后が三韓征伐のときに武内宿禰命さまに祀られたという伝承から、住吉大社摂社の船玉神社の元宮とされています。
この紀伊国においても船を使うことが多い紀氏の崇敬が篤かったことから元から航海の神様として崇敬されていたと思われます。

志磨神社の建物その他

《銅板御奉賛の依頼》
重要文化財指定に伴って保全の目的で始めているようです。
また、境内には中身が炭化してしまった切株があります。元々は御神木でしたが空襲の際に燃えてしまいますが、代わりに社殿まで火の手が届かなかったおかげで現在まで社殿が残っているんだとか。

志磨神社の本殿

《本殿》
覆屋の中です。

志磨神社の末社

《末社・久嶋神社》

志磨神社の末社

《末社・天照皇大神宮》

志磨神社(和歌山県)

《末社・天満神社》

志磨神社(和歌山県)

《社務所》
現在本殿と獅子狛犬像の文化財指定に伴い、この獅子狛犬像をデザインに取り入れた限定御朱印が出されていました。ちなみに書き置きのみで、通常御朱印は直書きです。

志磨神社の建物その他

《社紋》
スタンダードな三つ巴紋です。

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志磨神社の基本情報

住所和歌山県和歌山市中之島677
行き方
アクセスを詳しく見る

和歌山県のおすすめ🍁

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名称志磨神社
読み方しまじんじゃ
通称志麿明神
参拝時間

参拝自由
授与所:09:00〜17:00

参拝にかかる時間

約10分

参拝料

なし

トイレなし
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号073-422-1465
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご祭神《主祭神》
 中津島姫命
《配祀神》
 生国魂命
ご神体不詳
創建時代成務天皇の御代
創始者不詳
本殿春日造
文化財

本殿(県指定文化財)
獅子狛犬像(県指定文化財)

ご由緒

当神社は延喜式名神大社 臨時祭に預り朝廷の尊宗篤く、1,700年前仁徳天皇、紀伊国名草郡志磨神社再興の事等、皇室との関係深かった事が伺い知れる。
悠久の昔、紀之川の中洲が堆積して、発達したこの地に氏神として祀られた当社は、紀州三弁財天(伊達神社、静火神社)九頭(国津)信仰などにより、この地を開いた神恩を忘れず、農工商すべての世の幸を増進する人間生活の守護神として、縁結び、治病、交通安全、建築、土木、商工業繁栄の祈願が今も多く、参拝者の姿に観ることが出来る。
『新抄格勅符抄』に大同元(806)年神封七戸寄せ奉るとあり『続日本後紀』、『文徳実録』巻二(正四位上)、巻二十七(従三位)『紀伊国神名帳』(正一位)となって、神階が各々進められ、朝廷の尊崇篤かりしことを伺い知れる。
伊達神社、静火神社に較べれば『和名類聚』巻九「紀伊国名草郡島神戸」と、当社のみ神戸が寄せられているのは、特筆である。
中世にあっては『紀伊国続風土記』巻之七に「志磨の神社境内周百二十六間鳥居前禁殺生、本社、神楽所、庁、鳥居二基、攝社二社、末社十社……、此地紀之川下流にありて地形変遷せし事なれば、当社も又少々移転して往古より今の地にあり……、後世戦争の世となり神戸没収せられ古の姿失ひたれとも慶長検地のとき其の地又没収せられ、社殿旧記天正の兵燹に悉く烏有となり其の詳なる事知るべからず元和の後名祠の廃絶を起され新に社殿を再創し漸々旧観に復し給へり……」とあり天正年間以来10度の火災に逢った事は、現存する10枚の棟札によって証明出来る。
雑賀一揆、根来攻め等当時の和歌山の様子が伺い知れる。
現在の本殿は宝歴6(1756)年に造営されたものである。
いずれにせよ生気凛々清楚にして、瑞々しい女神であり、四季の祭典賑々しく厳修され、7月14日15日の夏まつりは、市内一の風物詩として知られ、数万人の参拝客で賑わう。
(社叢)
境内は楠、椋、銀杏、樫、松、杉、榊等の常緑樹で、鎮守の森にふさわしい様子を呈している。

体験祈祷おみくじお宮参り絵馬七五三御朱印お守り祭り札所・七福神巡り伝説

Wikipediaからの引用

概要
志磨神社(しまじんじゃ)は、和歌山県和歌山市中之島にある神社。式内社(名神大社)で、旧社格は県社。 伊達神社(和歌山市園部)、静火神社(和歌山市和田、竈山神社摂社)とともに「紀三所社(きのさんしょしゃ)」と称される。
歴史
歴史[編集] 当社は、元和年間(1615年-1624年)に式内社「志磨神社」に比定され改称したものである[1]。現在は「中之島」の地名が表すように紀の川三角州の島に位置するが、社名「しま」がこの川中島を指すといわれる[1]。比定以前の当社は「九頭明神(国津明神)」を称し、元和当時には島内に当社含め小祠6社があったが、その中でも最も社地に勝れていた九頭明神が選ばれたという[1]。 概史[編集] 文献では、古くは『新抄格勅符抄』大同元年(806年)牒に神戸として「島神 七戸」の記載がある[2]。神戸の存在は、『和名類聚抄』名草郡の「島神戸」の記載にも見える[2][注 1]。国史では「志摩神...Wikipediaで続きを読む
行事
祭事[編集] 主な祭事は次の通り[1]。 星祭り節分祭(2月3日) 夏祭り(宵宮7月14日、本宮7月15日) 子供神輿渡御(7月第2土曜日) 例祭(10月15日) 庭燎神事(12月15日夜) ^ 祭事の記載は志磨神社(和歌山県神社庁)による。
引用元情報志磨神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%BF%97%E7%A3%A8%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=93063165
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