さきとりじんじゃ
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相模国四之宮。延喜式内社『前鳥神社』は、菟道稚郎子命(うぢのわきいらつこのみこと)をご祭神とする神社です。
全国において菟道稚郎子命を祭神とする神社は極めて稀で、西では宇治神社および宇治上神社、東国では当社と栃木県の野木神社だけです。
菟道稚郎子命は応神天皇の皇子で、母は和珥(わに)氏の祖の娘です。外交・軍略で手腕を発揮され、渡来人の師より学んだ漢籍の全てを習熟された聡明さで知られ、日本の文化向上に貢献されました。
御父応神天皇に寵愛され皇太子となりましたが、異母兄の大雀命(16代仁徳天皇)に皇位を譲るため自害されたと言われ、美談とされています。
しかし神社の伝承によれば、その時に一族を引き連れて相模国に移り住んだと言い伝えられているそうです。産業・技術を伝えてこの地方の開拓をされ、多くの雇用を生んだとされます。
以上のことから、学問・修学・受験合格、産業の護り神、就職成就のご神徳で信仰され篤く崇敬されています。
後世、その子孫や里人らにより郎子命の遺徳を偲び、神社を創建されたといいます。
三嶋神社、平塚八幡宮、前鳥神社を巡り、平塚地域がなぜ「大住郡」と呼ばれたのかがよくわかりました。
(参考)
・平塚の地誌
・平塚市文化財調査報告書第15集
・大野誌
・相模の古社
・Wikipedia


前鳥神社に参拝し御朱印を頂きました。
夕方になりましたがご対応ありがとうございました。
前鳥神社は平塚市四之宮に鎮座します。
ご祭神は莵道稚郎子命、大山咋命、日本武尊で以上三柱の神さまをあわせて「前鳥大神」と称します。
創建年代は不明であるが、平安時代に「四之宮」の地名が始まり、それ以前の奈良時代の諸文献に「さきとり」の地名が見えることから、この「さきとり」の地に住んでいた人々が清浄な場所を選んで奉祀したのが始まりではないかと述べています。また近年では伝承に拠ると断った上で仁徳天皇56年(368年)を創建年としています。
建久3年(1192年)8月9日の条に源頼朝が北条政子の安産を祈願した神社として「四宮前取大明神」の名が見え、この時に神馬が奉納されている。さらに建暦2年(1212年)には将軍家御祈祷所と定めらました。
天正19年(1591年)11月、徳川家康より朱印状が下され社領10石が寄進され、徳川家の武運長久祈願所と定められました。
明治6年(1873年)に郷社へ列格。同41年(1908年)には神饌幣帛供進神社に指定されました。
祭事としては麦振舞神事・神人共食の神事や神輿宮入り神事日本武尊の舞があります。
相模国四之宮です。
また、ご神木の大欅は樹齢は300年と言われています。
鐘楼はご鎮座1600年祭で復元された勧学の鐘があります。
幸せの松は稀に四本の葉をつけ、その松葉を身につけると幸せになるといわれています。
境内社 祖霊社は昭和53年創祀で歴代の宮司と氏子総代・副総代、崇敬会会長を祀られています。
境内社除厄稲荷社は本殿東側に鎮座し境内の鎮守神として文化5年(1808年)に京都伏見稲荷大社より勧請されました。
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