さきとりじんじゃ
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楽しみ方前鳥神社のお参りの記録一覧
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21.07.10。先の山神社様より駅前に戻って、本厚木駅南口行きバスにて12分、「前鳥神社前」下車3分。平塚市四之宮4丁目の住宅街に鎮座。
御祭神
大山咋命
(おおやまくいのみこと)
菟道稚郎子命
(うぢのわきいらつこのみこと)
日本武尊
(やまとたけるのみこと)
社名の「さきとり」はこの土地の古名で、岬のように相模川ヘ突出した地形から起こったと言われます。古くは「埼取」「前取」「左喜登利」と書かれました。
相模國を始め、関八州鎮護の神として古くから朝野の信仰が篤く、およそ千六百年前、雄略天皇の御代に奉幣のことが記されており、醍醐天皇の御代に制定された延喜式では、相模國唯一の名神大社と定められました。
〜当社リーフレットより抜粋〜
今年2回目の参詣。相模國六社の四之宮として、見所満載且つ、緑の多さに癒される参拝です。夏詣の限定御朱印を直書きで拝受でき満足な参詣でした。
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電車で相模六社巡り④
四之宮
平塚駅からバスで前鳥神社前、徒歩5分くらいです。読み方はサキトリ神社です。
手水舎で手を清めた後、上からポトッと木の枝が目の前に落ちてきました。これはもしかして神からの授けもの?これ持っていけって意味?ご利益あるかな?
‥なんて考えてましたが、そういう気持ちこそ邪心。感謝の気持ちが足りん!と思い、一度はポケットに入れた枝(入れたんかい!)をそっと元に戻しました。
境内にあるものは小石でも持って帰らないようにしましょう。
どの口が言う‥
境内にはたくさんの園児と親御さんがいらっしゃいました。入園式だったのかな? 気づいたらいなくなってました。
ちなみに、前鳥神社の拝殿から見て左側の道からも入れるのですが、こちらには「前取神社」と書かれてます。また、拝殿の扁額には「左喜登利神社」と書かれています。いろいろな書き方があるのね。是非見てみて下さい。
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前鳥神社(さきとり~)は、神奈川県平塚市にある神社。式内社で、相模国四之宮。旧社格は郷社。毎年5月5日に往古神領であった神揃山(神集山;大磯町国府本郷)で行われる国府祭(こうのまち)に参加する相模五社の一社。周辺地名の「平塚市四之宮」は当社に因む。
創建は不詳。社伝によると、応神天皇の皇子・菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)が当地に移り住み、のちに皇子を御祭神として祀ったことに始まるとしている。奈良時代から平安時代にかけて、当地に相模国府が置かれ、当社が国府鎮護として国司により神拝された。『延喜式神名帳』では「相模国大住郡 前鳥神社」と記載されている。10世紀末に国衙が現在の大磯町国府本郷に遷された後は国司巡礼社の第四番に列し、爾来相模国四之宮と称された。
鎌倉時代には源頼朝が北条政子の安産祈願に神馬を奉納し、将軍家祈祷所とされた。その後一時衰退するが、江戸期に入り徳川家康により社領の寄進と朱印状を得て再興し、「四之宮大明神」として身分の上下問わず広く信仰されたとのこと。
当社は、JR東海道線・平塚駅の北4kmの相模川西岸にある。東京から車だと、圏央道・寒川南ICから相模川を渡ってすぐ、およそ2km。南北に長い境内は、長い参道とその両側には社叢があり、正統派の造り。
参拝時は週末の午後で、家族連れ、夫婦・カップル、おひとり様と、参拝者が絶えず訪れていた。
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前鳥神社
前鳥大神(菟道稚郎子命)は、第十五代応神天皇の皇太子です。
当時、百済から来朝していた阿直岐(あちき)から帝王への道を学ばれた後、
博士王仁(わに)を師として学問の道をひらかれました。
論語や千字文などの漢籍をわが国で最初に学ばれた方でもあります。
このことから、古くより修学の神、学問の神、就職の神として
広く尊崇されています。
また命は、帰化した渡来人技術者を篤く庇護し、産業技術の導入を計られ、
日本の農業・土木建築等の急速な発展をなされました。
さらに、その俊秀の誉れから、皇太子と定められましたが、
兄大鷦鷯命(おほさざきのみこと、後の仁徳天皇)と皇位を譲り合い、
ついには兄君をたてて自らはお隠れになりました。
この「謙譲の美徳」は、古今に関わらず範とされています。
なお菟道稚郎子命を祭神として祀る神社は極めて稀であります。


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