からすもりじんじゃ
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楽しみ方烏森神社のお参りの記録一覧
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サラリーマンの聖地とも呼ばれる東京港区新橋に烏森神社はありました。 夜の新橋は幾度もお世話になっておりましたが、昼間にこの界隈を訪れるのは初めてで、こんなところにお社があったとは知りませんでした。 JR新橋駅・烏森口から出たらSL広場を越えてすぐ、昭和の時代を思わせる雑居ビルとDeepな飲み屋が犇く路地を進んだ先に斬新なデザインの鳥居と社殿が現れます。 コンクリート打ち放しのモダンな外観ではありますが、社伝によると創建は平安時代中期の天慶3年(940年)とのこと。 近江・三上山の百足退治伝説で有名な藤原秀郷/俵藤太(ふじわら の ひでさと/たわら の とうた)が東国で兵を挙げて擾乱を起こした平将門(たいら の まさかど)を追伐する際に武蔵国のとある稲荷神社で戦勝祈願をしたところ、どこからか白狐が現れて秀郷に白羽の矢を与えたのだといいます。 その矢の神力のお陰か将門の反乱(天慶の乱)を速やかにを鎮めることができたので、秀郷はお礼に一社を勧請しようとしますが、今度は夢裡に白狐が現れて「霊地は神鳥の群がる処である」とのご神託を授けます。 そのお告げを受けて、相応しい場所を探し求めて櫻田村の森(現在の港区新橋付近)まで来た秀郷は、まさに夢想のごとく烏が群がっていたこの場所に稲荷神~倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祀る社頭を造営したとのことで、これが烏森稲荷の始まりとされています。 尚、社名は明治6年(1873年)に現在の烏森神社へと改称をされています。 新橋付近も古くは江戸湾の砂浜だったそうで一帯には松林があり、烏が多く集まって巣をかけていた為、「烏の森」と言われていて、昭和7年(1932年)に関東大震災復興後の区画整理に伴う町名改正が行われるまでは、この辺りも烏森町と呼んでいたらしいです。 今では「烏森」の呼び名は当社と新橋駅の改札口にその名を残すのみとなったとのこと。 分かりづらい立地と、決して大きいとは言えない境内ながら、当方が訪れた時もひっきりなしに参拝客が訪れていました。 なるほど、ここはカラフルな御神籤と御朱印が人気のようです。
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前回は人形町駅の近くにある橘稲荷神社に行ってお参りをしました
お参りを済ませてから駅のコインロッカーに預けていた荷物を引き取り、今度は都営地下鉄に乗って
次なる目的地に移動をしました

乗った路線こそ都営地下鉄だったのですが、やって来た電車は京浜急行電鉄の三崎口行き
三崎口といえば何年か前にまぐろを食べに行ったよな
下車した駅は

下車した駅は人形町駅から4つ目の新橋駅だったのですが、地下鉄の新橋駅は地上に
出てみないとどこにいるのか全く分からず方向音痴になってしまいました




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