しながわじんじゃ
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楽しみ方品川神社のお参りの記録一覧
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東京十社の1つ。東海道五十三次の道中、北品川の商店街をのんびり歩いていると、観光案内所のおじさんが「この道は大名行列がすれ違える様に広く作られているんだよ。品川神社は行った方が良いよ、近いから。」と丁寧に道を教えてくれた。
50段ほどの階段を上がるとパァーッと景色が開け、七五三だからか、神楽殿から太鼓と笛の音が聞こえてきて、実に雅な雰囲気に包まれる。
品川神社は東京十社のひとつであり、文治3年(1187年)に創建され、東海七福神の大黒天も祀られている。
参拝を終えて、再び商店街へ戻って駄菓子屋に寄ると、店番のおばあちゃんが「ずっとここでやってるのよ。もうすぐ100歳!」と笑顔をくれた。
お客さんと話すことは元気の源の1つなのだろう。自分も笑顔、お客さんも笑顔。良いお仕事をされてるなぁと思う☺️

東京十社のひとつ、品川神社にあがらせていただきました。
関東方面に行った際にはいつかお参りしたいと思っていたのですが、東京には行くものの品川になかなか足を運ぶ機会がなく、今回ようやくお参りすることができました。 これもきっと何かのご縁があったのでしょうかね。
この日は雨が降ったあとの曇天ではありましたが、そのおかげか参拝者もそこまで多くなく、境内の雰囲気を満喫することができました。
拝殿にてまずはお参りさせていただいた後、社務所にて御朱印を拝受。
その後拝殿向かって右手に赤鳥居が連なっているのが見えて、そちらへ吸い込まれるように向かっていくと、鳥居の先には阿那稲荷神社の上社があるのですが、その手前に右下へと下っていく階段がありものすごく興味を惹かれました。
上社に参拝後、そちらに向かってみると、そこには阿那稲荷神社の下社。
扁額には「一粒萬倍」と書かれているではありませんか!
中に入ると「一粒萬倍の御神水」があり、印鑑やお金にこの御神水そそぐとよいとのこと。
それにしても最近、金運にまつわる神社や銭洗いがあるところなどにとてもご縁があるのはなぜでしょう?😅
最後に境内の東にある富士塚「品川富士」に登頂。
階段で登っていくのですが、意外と急で幅も狭いためよそ見をしていると結構危険かも?
そして頂上まで登り切り、しばし景色を眺めたあと下山(大げさですみません)。
<御祭神>
天比理乃咩命
宇賀之売命
素盞嗚尊
<御由緒>~東京十社会のHPより~
文治三年(1187)、源頼朝が海上交通の安全と、祈願成就の守護神として、安房国の洲崎明神である天比理乃咩命を勧請し、品川大明神と称した。元応元年(1319)、北条高時の臣二階堂貞藤(道蘊)が、産業の守護神として、宇賀之売命を勧請し社地を吉端岡と名付けた。文明十年(1478)6月、太田道灌が、風水害、疫病、歌謡の守護神として、素盞雄尊を勧請し6月の天王祭が始まる。東海道北品川宿の鎮守である。



東京都品川区北品川三丁目に鎮座する神社で東京十社のひとつ。また東海七福神の一社として大黒天を祀る。
文治3年(1187)、源頼朝が安房国の洲崎神社から海上交通安全と祈願成就の守護神として安房国の洲崎明神である天比理乃咩命を勧請して祀り、「品川大明神」と称したのに始まる。
元応元年(1319)に北条高時の臣、二階堂道蘊が宇賀之売命(稲荷神)を祀り、さらに室町時代になり文明10年(1478)に太田道灌が素戔嗚尊(天王神)を祀った。
天正19年(1591)に徳川家康から5石の社領の朱印を受け、徳川家の尊崇する特別な神社として社紋も徳川家の家紋の「丸に三つ葉葵」と定め、慶長5年(1600)には徳川家康が関ヶ原の戦いへ出陣の祭に品川神社を参拝して戦勝祈願した。
寛永14年(1637)に三代将軍徳川家光が東海寺を建立した際には境内の一部がその敷地となったため代替地を賜わり、神社の位置が東海寺の鬼門に当たることから、同社の鎮守とした。

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