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田丸稲荷神社ではいただけません
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御朱印
なし
パーキング
駐車場
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アルネ
2021年10月26日(火)
322投稿

2021.10.24.蓮花寺→長浦神社→三輪里稲荷神社→田丸稲荷神社。どちらかというと当初の企画段階では、ハトヤパン店の方が動機として強く、田丸稲荷神社はそのついでに立ち寄った感じだったのですが、今回、予想だにしない歓迎をいただき、すっかりファンになったのでした。

田丸稲荷神社の周辺

「キラキラ橘」という古き良き商店街を進んでいくと、神社の案内表示がありました。神社には後ほど行くとして、

田丸稲荷神社の周辺

その前に一旦休憩です。

田丸稲荷神社(東京都)

ハトヤパン店、まさかアフターコロナの今日まで営業しているとは夢にも思いませんでした。上京前よりお店のことは憧れていたのですが、職人気質の気難しい親父さんの店という評判だったのでなかなか足を運びづらく…。今回の散策を計画するにあたり、改めて調べ直したところ、リニューアルがされたこと、しかもイートインができるらしいことなどを知り、それならば是非!とコースに組み込んだのでした。

田丸稲荷神社の食事

私が店に入ると、ちょうど今なくなって…といわれ肝を冷やしましたが、次焼けるのが10分後だとのこと。よかったー、待ちます待ちます!

田丸稲荷神社の食事

チャーシューキャベツとホットコーヒーを選択。焼きたてでいただけるなんて光栄です!意外にさほど甘くなく、たしかに惣菜パンにも使える絶妙な小麦感でした。他の味も全部試したいー。

田丸稲荷神社(東京都)

持ち帰りにもう一つ買おうかな、と食べながら迷っていたら、その横で次々と売れていって、あっという間に完売してしまいました(^^;
最後のお客様はプレーン5つ(!)とご注文したものの先客の都合で結局最後の二つを買い占めて行ったのでした。少し残念だったけれど、その分他のお客様が喜んで買って行かれたので、よしとします。
後から来た近所の顔見知りのおじさんに、全部売り切れてしまったと謝っていたので、私の来店も割とギリギリセーフだったのだと思います。一つだけでもありつけてよかったぁー、と思いました。

田丸稲荷神社(東京都)

往年の夢が叶ってお腹も心も満たされたところでお店を後にして、さらに商店街を歩いていくと、広場のようなところに出ました。
神社横のベンチでお年寄りが休んでおられる様子が素敵です。

田丸稲荷神社の鳥居

田丸稲荷神社です。実は正面あたりにベンチがあるのですが、そこでも白髪の男性が座っておられて…思うように写真が撮れなかったのでした。

田丸稲荷神社の動物

ご神前に立ってお賽銭を入れ、柏手を打って祝詞を唱えます。自己紹介を済ませて、さあ写真を撮ろう!とスマホを構えてご神前を見ると…なんと!ドンピシャのタイミングで、左手から黒猫さんがのそのそとやってまいりました…!

田丸稲荷神社の本殿

左から現れたと思ったら、まさかの目の前に着座、そして毛づくろいを始められ、、

田丸稲荷神社の動物

嘘でしょー!まさか、こんなことってアリ!?すごい…!お稲荷さまの計らいに大感激!!

田丸稲荷神社の狛犬

黒猫さんがずうっとそこに居るので、勿体なくて離れがたく…一旦、狛狐さんを撮影。

田丸稲荷神社の狛犬

嬉しくて、余所見したりして申し訳ない気持ちを抱えつつも、ちゃっかり撮影。

田丸稲荷神社の本殿

少し引きでもう一度。

田丸稲荷神社の動物

結局私が神社を離れるまで、ずっとここにいてくれたのでした。祝詞を奏上したのをよほど喜んでくださったのかなぁと思います。それにしてもこんなにわかりやすい歓迎のサインをいただいたのは久しぶりです。すっごい嬉しかったです。またいつか会いに行きたいな、と思いました。

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歴史

明治三十八年冬他界した妻の言葉で「父が以前行った事のある所に宝財として土地を求めよ」に従いそこを訪れたところ昔はその栄を物語るも手入れもされず、樹木でおい茂り、中央に池がある荒れ果てた土地があった。
あまりにもひどくあきめんとしたが去るには地相が如何にも捨て難く、購入し地盛り古い池の埋立をしたところ、年を越したころには緑が茂るようになった。
この土地の北隅の樹木の小陰に所があり、塵埃をはらい四辺を清め、心からのお祠りをし永世の奉りを誓った。その夜枕辺に稲荷の主神咲栃の神がおたちになり、静かな声で「忠よ汝は善く我安居を清めてくれました、その厚き志に感謝し貯財の道を教えましょう。北半里を出ない中に水田があり土地を求めなさい。
そこの地を開けば多くの人がここに居を求め人の為、又家族の為にもなり無上の幸福があなたに訪れるでしょう」の言葉を言い残し幻の如く闇に消えました。
その声、裳の姿、畳障子の音までも私の目、耳底にのこり夢と思うも夢でなくその夜は眠ることもできずに夜を明かした。翌年三十九年にそのお告げの通り今の地に咲栃の神をお祠りしたところ多くの方が今日居をかまえられた。
その土地こそが、現在のこの地である。
それ以来大正十二年九月一日の大震災又戦災も逃れ、咲栃の神の言に従って開かれた土地は栄え家々は日に日に盛運に進みその神徳に感謝してもしきれないものである。
原忠三郎 謹書より
以後、今にいたるまで「財のたまる」「幸のたまる」「難を逃れる」田丸神社としてあがめられている。

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名称田丸稲荷神社
読み方たまるいなりじんじゃ

詳細情報

ご祭神倉稲魂命
ご由緒

明治三十八年冬他界した妻の言葉で「父が以前行った事のある所に宝財として土地を求めよ」に従いそこを訪れたところ昔はその栄を物語るも手入れもされず、樹木でおい茂り、中央に池がある荒れ果てた土地があった。
あまりにもひどくあきめんとしたが去るには地相が如何にも捨て難く、購入し地盛り古い池の埋立をしたところ、年を越したころには緑が茂るようになった。
この土地の北隅の樹木の小陰に所があり、塵埃をはらい四辺を清め、心からのお祠りをし永世の奉りを誓った。その夜枕辺に稲荷の主神咲栃の神がおたちになり、静かな声で「忠よ汝は善く我安居を清めてくれました、その厚き志に感謝し貯財の道を教えましょう。北半里を出ない中に水田があり土地を求めなさい。
そこの地を開けば多くの人がここに居を求め人の為、又家族の為にもなり無上の幸福があなたに訪れるでしょう」の言葉を言い残し幻の如く闇に消えました。
その声、裳の姿、畳障子の音までも私の目、耳底にのこり夢と思うも夢でなくその夜は眠ることもできずに夜を明かした。翌年三十九年にそのお告げの通り今の地に咲栃の神をお祠りしたところ多くの方が今日居をかまえられた。
その土地こそが、現在のこの地である。
それ以来大正十二年九月一日の大震災又戦災も逃れ、咲栃の神の言に従って開かれた土地は栄え家々は日に日に盛運に進みその神徳に感謝してもしきれないものである。
原忠三郎 謹書より
以後、今にいたるまで「財のたまる」「幸のたまる」「難を逃れる」田丸神社としてあがめられている。

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