うんぺんじ|真言宗御室派|巨鼇山(きょごうざん)
雲辺寺徳島県 三縄駅
7:00~17:00
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楽しみ方
【四国八十八ケ所霊場】
所在地:徳島県三好市池田町白地ノロウチ763-2
宗 派:真言宗御室派
寺 格:
本 尊:千手観世音菩薩(経尋作)
建 立:789年(延暦8年)
由緒
寺伝によれば、789年(延暦8年)に佐伯真魚(後の空海・弘法大師)が善通寺建立のための木材を求めて雲辺寺山に登り、この地を霊山と感得し堂宇を建立したことを起源とする。空海はまた、807年(大同2年)には秘密灌頂の修法を行い、さらに818年(弘仁9年)に嵯峨天皇の勅命を受けて本尊を刻んで、七仏供養を行ったという。後に「四国高野」と呼ばれ、僧侶の修行道場となり、貞観年間(857年から877年)には清和天皇の勅願寺ともなった。
1098年(承徳2年)火災で全山焼失するも、その後に鹿を追って当地に入った猟師の与成(よなり)は樹上に現れた観音菩薩の威厳にうたれ発心し堂宇の再建を果たした。 平安末期の中興の祖と云われるにふさわしい願西上人が住職のとき、現存する本尊千手観音と毘沙門天が造られた。 鎌倉時代には、阿波守護の佐々木経高(経蓮)の庇護を受け、七堂伽藍が整えられた。 1311年(応長元年)には、京都西園寺家により寺領が寄進される。 1363年(貞治2年)には足利氏より法華経真読を依頼される。
1577年(天正5年)に土佐を統一し、四国制覇を狙う土佐の戦国大名・長宗我部元親が雲辺寺を訪れ、住職の俊崇坊に四国統一の夢を語ったという。
1987年(昭和62年)に香川県観音寺市側の山麓と雲辺寺ロープウェイによって結ばれ、訪れやすい寺となった。
(Wikipediaより)
もっと読む
真言宗御室派 巨鼇山 千手院 雲辺寺
四国八十八箇所霊場 第66番札所
御本尊 千手観世音菩薩
中断していたお遍路再開。
と言っても今回も車で弾丸日帰りお遍路です。
今回は66番雲辺寺からスタートです。
なぜこちらからというと、讃岐の打ち始めとされる「関所寺」で香川県第1番札所、そしてロープウェイを利用して参拝をかんがえた場合、ロープウェイの始発利用で時間の無駄なく効率的に周れるので、雲辺寺からに決めさせていただきました。
ロープウェイが往復2,200円とちょっとお高い感じもしますが、維持管理費のことや私達の利便性を考えたら安いかもしれませんね。
雲辺寺は雲辺寺山山頂付近に位置し、標高約900mほどのところになります。
四国八十八箇所霊場の中で、最も標高が高い位置にあることから別名「四国高野」とも呼ばれています。
この日は生憎の曇り空でしたが雨が降らないだけでもラッキーでした。
標高が高いということもあって山頂の気温は11℃と少々寒かったです。
始発ロープウェイには他のお遍路さんが10名ほど。
もう少し遅い時間になると、お遍路さん以外にも観光の方も増えて混みあってくるのかもしれません。
山頂の駅でロープウェイを降りるとまずは五百羅漢さんがお出迎えしてくれます。
通常五百羅漢と言っても五百体も無いところがほとんどかと思うのですが、こちらは本当に五百体の羅漢さまがあるんじゃないか?と思うほどたくさんいらっしゃいます。
実際のところ何体あるんでしょうかね😅
本堂→大師堂とお参りし、再び本堂前方向に戻って納経所へ。
その後帰りのロープウェイまで少しだけ時間があったので、山頂公園に向かいました。
こちらには「天空のブランコ」があり、それも見てみたかったので。
写真を撮ったのち、せっかくなのでブランコにも乗ってみました😆
何十年ぶりのブランコだろ??
雨上がりの後だったこともあり、お尻はしっかりと濡れてしまいましたがいい思い出ができました。
| 住所 | 徳島県三好市池田町白地ノロウチ763-2 |
|---|---|
| 行き方 | 65【三角寺】より
|
| 名称 | 雲辺寺 |
|---|---|
| 読み方 | うんぺんじ |
| 参拝時間 | 7:00~17:00 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | あり |
| 電話番号 | 0883-74-0066 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| SNS |
| 阿波秘境七福神 第3番 | ご本尊・ご祭神:毘沙門天 |
|---|---|
| 四国八十八ヶ所霊場(お遍路) |
| ご本尊 | 千手観世音菩薩 |
|---|---|
| 山号 | 巨鼇山(きょごうざん) |
| 院号 | 千手院(せんじゅいん) |
| 宗旨・宗派 | 真言宗御室派 |
| 創建時代 | 延暦8年(789) |
| 開山・開基 | 弘法大師 |
| 文化財 | 木造千手観音坐像、木造不動明王・毘沙門天立像、絹本著色聖衆来迎図(重要文化財)
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| ご由緒 | 四国霊場のうち最も高い標高911メートル、四国山脈の山頂近くにある霊場で、「遍路ころがし」と呼ばれる難所とされた。現在は、麓からロープウエーで山頂駅まで登ることができる。住所は徳島県だが、霊場としては讃岐の打ち始めでいわば「関所寺」。縁起によると、弘法大師は雲辺寺に3度登っている。最初は延暦8年、大師が16歳のときで善通寺(第七十五番)の建材を求めてであったが、深遠な霊山に心うたれて堂宇を建立した。これが雲辺寺の創建とされている。2度目は大同2年(807)、大師34歳のとき、唐から請来した宝物で秘密灌頂の修法をなされたという。さらに弘仁9年(818・大師45歳)、嵯峨天皇(在位809〜23)の勅を奉じて登り、本尊を彫造して、仏舎利と毘廬遮那法印(仏法石)を山中に納めて七仏供養をし、霊場と定められた。
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| 体験 |
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