御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
ネコ大バナー※切幡寺ではいただけません

きりはたじ|高野山真言宗得度山(とくどざん)

切幡寺

徳島県 西麻植駅

投稿する
0883-36-3010

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり

真ん中に千手観音、左に切幡寺と書かれ、右上に四国第十番の印、真ん中に梵字の印、左下に幡の印が押され、左上に第一番笠和山霊山寺の文字が入っています。

限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

境内の下 普通10台 (中・大型は進入不可)(無料)
山門の内側 20台

おすすめの投稿

よしくん
2018年09月11日(火)
596投稿

いやー、とにかく登りました。笑
山を登るという覚悟なく登ってしまったので、なかなかしんどかったです。十番は山を登ります。階段を333段登ります。

ただ、登ったあとの景色は最高でした!
本堂からさらに登ると、大阪の住吉大社の神宮寺として豊臣秀吉がつくっためちゃくちゃ立派な塔があります。
廃仏毀釈で住吉大社が塔を壊さなければいけなくなったとき、先代の住職が買い取り、移築したそうです。(本当にすごいなぁ。。)

切幡寺の山門

山門から本堂まで20分近く歩きます。いや、山を登ります。

切幡寺の周辺

おなじみの山門見えた瞬間シリーズ

切幡寺の歴史

この説明めちゃワクワクした。

切幡寺の周辺

登ります。

切幡寺の建物その他

ここから333段の階段を登ります。

切幡寺の建物その他

終わったと思ったら、まだ100段しか進んでませんでした。

切幡寺の本殿

本堂

切幡寺の本殿

大師堂。

切幡寺の像

ワクワクした説明書きに出てきたお姫さま。

切幡寺の建物その他

なんの塔だろう?って思ってたら、おったまげ。
秀吉がつくった住吉大社の神宮寺の塔が、廃仏毀釈を流れて、徳島まで来ていました。

切幡寺の塔

これがその立派な塔です。

切幡寺の景色

登っただけあって、景色がめっちゃよかったー

もっと読む
投稿をもっと見る(16件)

歴史

切幡山の中腹、標高155メートルに境内がある。国指定重要文化財である大塔からの眺望はすばらしく、眼下には吉野川がゆったりと流れ、前方には四国山脈の雄大な山々が連なる。古く、この山麓に機を織る乙女がいた。ここで修法していた弘法大師は、結願の7日目、綻びた僧衣を繕うために布切れを所望された。乙女は、織りかけていた布を惜しげもなく切って差し出した。大師は、この厚意にたいへん感動し、「何か望みはないか」と尋ねた。乙女は、「父は都で薬子の変に関係して島流しとなり、母は身ごもっていたが、男の子が産まれればその子も咎を受ける。どうか女の子が産まれるようにと、清水の観音様に祈願し、やがてこの地に来て産まれたのが私です」といい、「亡き父母に代わり、観音様をつくってお祀りし、わたしも仏門に入って精進したい」と願いを告白した。

大師はつよく心を打たれ、さっそく千手観音像を彫造し、乙女を得度させて灌頂を授けた。乙女はたちまちのうちに即身成仏し、身体から七色の光を放ち千手観音菩薩に変身した。大師は、このことを時の嵯峨天皇に伝え、天皇の勅願により堂宇を建立して自ら彫った千手観音像を南向きに、また即身成仏した千手観音像を北向きに安置して本尊にしたと伝えられる。得度山、灌頂院、切幡寺それぞれの名称もこうした由縁による。麓は、巡礼用具店などがならぶ門前町となっている。「女人即身成仏の寺」として知られ、七色の光を放つ善女に憧れる女性からの人気が高い。

歴史をもっと見る|
1

切幡寺の基本情報

住所徳島県阿波市市場町切幡字観音129
行き方

9【法輪寺】より
(自家用車)約15分 約5km
(徒歩)約1時間 約3.8km
11【藤井寺】より
(自家用車)約35分 約12km
(徒歩)約2時間20分 約9.8km

アクセスを詳しく見る
名称切幡寺
読み方きりはたじ
通称幡切り観音
参拝時間

7:00~17:00

トイレ山門付近駐車場にあり
御朱印あり

真ん中に千手観音、左に切幡寺と書かれ、右上に四国第十番の印、真ん中に梵字の印、左下に幡の印が押され、左上に第一番笠和山霊山寺の文字が入っています。

限定御朱印なし
電話番号0883-36-3010
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊千手観世音菩薩
山号得度山(とくどざん)
院号灌頂院(かんじょういん)
宗旨・宗派高野山真言宗
創建時代 弘仁年間(810〜824)
開山・開基弘法大師
札所など

四国八十八箇所第10番

文化財

大塔(重要文化財)

ご由緒

切幡山の中腹、標高155メートルに境内がある。国指定重要文化財である大塔からの眺望はすばらしく、眼下には吉野川がゆったりと流れ、前方には四国山脈の雄大な山々が連なる。古く、この山麓に機を織る乙女がいた。ここで修法していた弘法大師は、結願の7日目、綻びた僧衣を繕うために布切れを所望された。乙女は、織りかけていた布を惜しげもなく切って差し出した。大師は、この厚意にたいへん感動し、「何か望みはないか」と尋ねた。乙女は、「父は都で薬子の変に関係して島流しとなり、母は身ごもっていたが、男の子が産まれればその子も咎を受ける。どうか女の子が産まれるようにと、清水の観音様に祈願し、やがてこの地に来て産まれたのが私です」といい、「亡き父母に代わり、観音様をつくってお祀りし、わたしも仏門に入って精進したい」と願いを告白した。

大師はつよく心を打たれ、さっそく千手観音像を彫造し、乙女を得度させて灌頂を授けた。乙女はたちまちのうちに即身成仏し、身体から七色の光を放ち千手観音菩薩に変身した。大師は、このことを時の嵯峨天皇に伝え、天皇の勅願により堂宇を建立して自ら彫った千手観音像を南向きに、また即身成仏した千手観音像を北向きに安置して本尊にしたと伝えられる。得度山、灌頂院、切幡寺それぞれの名称もこうした由縁による。麓は、巡礼用具店などがならぶ門前町となっている。「女人即身成仏の寺」として知られ、七色の光を放つ善女に憧れる女性からの人気が高い。

体験御朱印重要文化財札所・七福神巡り

この寺院の僧侶様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の寺院の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy and Terms of Service apply.

行きたい
投稿する
お問い合わせ
めめ小バナー