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ほしのみやじんじゃ

星宮神社(あぶつか公園内)
栃木県 佐野駅

星宮神社(あぶつか公園内)について

あぶつか公園内にある星宮神社

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星宮神社(あぶつか公園内)の基本情報

名称星宮神社(あぶつか公園内)
読み方ほしのみやじんじゃ
通称鐙塚星宮神社

詳細情報

ご祭神《主》磐裂神・根裂神
《配》天瓊瓊杵命・宇賀之御魂命・五郎宮神・車塚神 
《境内社》八坂神社・八幡宮・愛宕神社・浅間神社
創建時代不詳 戦国時代以前
創始者不詳
ご由緒

あぶつか公園内に鎮座。公園名が示すようにかつては隣りの鐙塚町に属していた。
創建年代不詳。天正十三年(1585)佐野氏が北条氏と戦った際に戦火で焼失。
元和元年(1615)本殿造営。安政元年(1854)拝殿などを整え南向きに再建。
天保三年(1832)鳥居。天保三年(1832)と天保十二年(1841)石燈籠。文化十年(1813)手水石を奉納。

【鐙塚の云われ】
元弘の乱で鎌倉幕府を打倒するも、足利尊氏と対立し鎌倉に幽閉され暗殺された護良親王。
護良親王の首は役人の見張りのもとに置かれたが、家来や親しかった南の局は、その様子があまりに悲しいので、見張りがゆるむ間に、ひそかにその首を奪って逃げ出した。
首は家来の1人であった阿曾沼民部五郎の故郷、佐野へ運ぶことにした。越名沼(かつて三毳山西麓にあった広大な沼)を舟で渡って来た一行は、もう追手から逃れられないと考え、塚をつくって親王の首を葬ったと伝えられる。そのためこの地は「鐙塚」と呼ばれるようになった。
その後、首は浅沼町の八幡宮辺りに移され、首塚を作ったとも云われる。
さらに、親王の子供を身ごもっていた南の局は、鐙塚の粗末な寺で子供を産んだと云われ。その寺の本尊は、様々な所をを経て引地山観音に祀られたと云われる。

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