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眞珠院の御朱印・御朱印帳
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静岡県のおすすめ3選🎍
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伊豆の国市は、源頼朝と北条政子が共に歩き語り合ったという小径があり、そこに沿って幾つか寺院がある。
北条家が好きな人には微笑ましいのだろうが、その裏には悲しい事実もある。そんな涙を観る寺院が、こちらの眞珠院であった。
鎌倉初期、源頼朝との悲恋に身を割かれ、真珠ヶ淵に入水した伊東祐親の娘「八重姫」をまつる寺。 「せめて我が身を投じて、将来共末長く不幸な女人たちの守護神となりましょう…。」と、那木の一枝を取り、身を投じたと言い伝えられている。 今日に至るまで女性の守り神、パワースポットとして、里人の信仰を集めている。八重姫は北条義時の叔母にあたる。
(伊豆の国市観光案内より)
広い敷地は見所が多かった。
とても綺麗に管理されたお寺であった。
けれども、八重姫の深い悲しみを思い、涙し、八重姫の想い、自分のように不幸な女性がいなくなるようにを知るのであった。
春先の 八重姫偲び 御堂かな
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【完・44】八重姫ゆかりの神社
真珠院・音無神社・日暮八幡神社・最誓寺・富戸三島神社・火牟須比神社
真珠院の横の川は平安時代に”真珠ヶ淵”と呼ばれていた。
~八重姫の悲しい最期~
八重姫は、伊東館を抜け出し、頼朝のいる北条館を訪ねる・・・
しかし、頼朝は、時政の娘政子と結ばれていたのだという。
伊東館に帰ることもできない八重姫
真珠ヶ淵の渦巻く流れの中に身を投げたのだと伝えられている。
侍女達は姫の遺髪を胸に月光のもと、大仁・田中山の松の根方で自害したと言います。
真珠院の境内には八重姫の供養塔があります。
また、彼女たちを哀れに思った里人たちは碑を建て供養し「女塚」と呼びました。約八百年前のことです。

守護山 真珠院(曹洞宗)静岡県伊豆の国市中條145-2..
御本尊 釈迦牟尼仏

八重姫 入水の地 案内
伊東祐親には四人の娘がいました。その三女が八重姫
伊豆に流された源頼朝は八重姫と知り合い、おとなしの森「音無神社」で密会を繰り返していた。
やがて一児をもうけます、千鶴丸といいます。
伊東祐親は、「源氏の流人を婿にして平家に咎められては大変なことだ」と激怒。
千鶴丸(3歳)を簀巻(すまき)にして川に投げ入れてしまいます。
富戸にある「産衣石」は、千鶴丸の伝説が残された石。
産衣石の北に鎮座する「三島神社」には、千鶴丸が祀られています。
眞珠院の御朱印・御朱印帳コレクション全17枚
御朱印
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