しずおかせんげんじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方静岡浅間神社のお参りの記録一覧
絞り込み




久能山の後は、駿府城へ。じっくり見ていると閉城時間に。はるばる静岡まで運転して来たのに(主人が。😅)本日の寺社巡りは久能山だけは勿体ない‼︎😤と思いつつ辺りも暗くなって来たし、閉門時間を考えると諦めモードでしたが、主人が社務所は閉まっていても参拝だけでも出来たらいいのでは?と近くにある浅間神社に立ち寄ってくれたところ、門がまだ開いてました!😭神のお導き〜有り難き幸せ!🙇♀️神様と主人の判断に感謝!🥰しかも、灯籠に灯りが!夕刻の参拝もなかなかの雰囲気で我々以外にも参拝客がチラホラ。とにかくびっくりするほど美しい社殿に釘付け。閉門時間がわからないので気にしながらの参拝で本殿に参拝。すっかり暗くなってしまいましたが、左奥側が明るいので突き進むと社務所に灯りが!そうなんです、御朱印授かる事が出来ました。とりあえず参拝出来ました二社のみの分を。しかも嬉しさの余り御朱印帳まで。😅七社あるらしいのですが時間がなく残りはまたの機会に。最後に最初に気になっていた御神水をいただきました。🤗
もっと読む







神部神社・浅間神社(二社同殿)及び大歳御祖神社の三社を総称して、静岡浅間神社(通称おせんげんさま)と呼びます。神部神社は第10代崇神天皇の御代、約2100年前に駿河開拓の祖神・駿河の国魂の大神として鎮座され、延喜式内社であり、平安時代には駿河国総社となりました。『国内神名帳』には美和明神と記され、『類聚国史』に従一位と記載されており、この地方最古の神社となります。浅間神社は延喜元年(901)、醍醐天皇の勅願により富士山本宮より分祀され、爾来富士新宮として国司の尊崇を受けました。大歳御祖神社は応神天皇4年(273)、今から1700年ほど前に、古代この地方の物流の拠点、商業の中心地であった「安倍の市」の守護神として創祀され、延喜式内社であり、『国内神名帳』に正二位奈古屋明神と記され、静岡市の地主神であります。こちら三社すべて朝廷をはじめ国司・武将等からの崇敬は、すこぶる篤く、駿河国総社・静岡の総氏神さま、駿河の大社として広く信仰されています。
今川家の人質であった徳川家康公(竹千代)は、今川義元公が烏帽子親となって当社で元服式を行いました(今川家は、当社を氏神として庇護しました)。そして、天正9年(1581)家康公は武田家攻略にあたり戦勝を祈願し、平治の後に必ず再建すべく祈誓を為して社殿を焼き払い、当社背後にあった武田方の賤機山城を攻め滅ぼしました。天正14年(1586)にはその誓いを果たすべく東海各国に勧進を行い、慶長年間社殿が造営されるに至りました。このような家康公のあつい尊崇を受けて、大御所として入府以来崇敬の真心を捧げ、徳川幕府の祈願所と定めました。
もっと読む
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ



























































