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さいきょうじ|天台真盛宗

西教寺のお参りの記録一覧
滋賀県 坂本駅

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2025年07月07日(月)3160投稿

滋賀県大津市にあるお寺です。
参拝者駐車場が広くて 山門すぐ横にありますので 参拝しやすいです。
境内がとても広く 山門をくぐって左右に境内塔頭が複数あります。
お参りして帰られる方が 「大河ドラマのおかげちゃう?」 と言っていました。
大河ドラマで明智光秀が取り上げられたことで こちら明智光秀公とその一族の菩提寺が脚光を浴び 参拝者が増えた という意味なのかなぁ?と思いました。
私がお参りした感覚ですが 大河ドラマ関係ないですね。
そもそも立派な寺院です。参拝者は増えたかもしれませんが。
勅使門の前を通り 本堂に続く石段を上がろうとしましたら 夏らしく風鈴がたくさん飾られていました。
山に建てられていることもあり いい風が吹き 素敵な音色を奏でていました。
こちらにはアップできませんが しっかり動画で撮りました。
本堂手前には手水舎があるのですが 写真を見ていただくと分かると思うのですが 煙がもくもくと出ているのです。
こちら高周波の電流を流して 加湿器のように水を水煙に変えていたのです。
素敵な演出です。初めて見ました。
まずは明智光秀公とその一族の墓前で手を合わせました。
謀反を起こしたということで悪いイメージがありますが きっと明らかになっていない史実があるはずです。
続いて 本坊から上がって本堂にお参りします。
こちらにも風鈴の飾りつけがされていて 一つだけ金色の風鈴がありますので探してください とのことでした。(見つけた人は御朱印に特別の印を付け加えてくださいます はい見つけました)
廊下には 阿弥陀如来二十五菩薩石像がありました。
それぞれに表情豊かで じっくり見てしまいました。
最後に 宗祖大師殿と御廟と観音堂をお参りしました。
じっくり見て回ると 1時間以上かかりました。

ネット情報です。
山号は戒光山(かいこうさん) 宗旨宗派は天台真盛宗(てんだいしんせいしゅう) 寺格は総本山 ご本尊は阿弥陀如来(重要文化財) 創建年は伝・飛鳥時代 開基は伝・聖徳太子 中興年は文明18年(1486年) 中興は真盛です。
思いっきり古刹でした。
西教寺は室町時代の文明18年(1486年) 中興の祖とされる僧・真盛が入寺して以降 天台念仏と戒律の道場として栄えるようになったが それ以前の歴史は必ずしも明らかでない。
草創については 『西教寺縁起』や近世の地誌類には推古天皇26年(618年) 聖徳太子が師である高麗の僧慧慈 慧聡のために建立したとする説もあるが これは伝説の域を出ないものである。
真盛の弟子にあたる真生が明応4年(1495年)に著した『真盛上人往生伝記』によれば 西教寺は比叡山中興の祖である良源(慈恵大師 元三大師)が建てた草庵に始まり その弟子で『往生要集』の著者として知られる源信(恵心僧都)が伽藍を整えたという。
良源と源信はいずれも平安時代中期 10世紀に活動した人物である。
西教寺と良源および源信との結び付きについても確証はなく その後鎌倉時代末頃までの歴史も判然としないが 比叡山と関係の深い一寺院として平安時代中期頃に草創されたものと推定される。
元亀2年(1571年) 織田信長による比叡山焼き討ちの際に西教寺も焼失した。
比叡山焼き討ちの後 近江国滋賀郡は明智光秀に与えられ 光秀はこの地に坂本城を築いた。
光秀は坂本城と地理的にも近かった西教寺との関係が深く 寺の復興にも光秀の援助があったと推定されている。
光秀が戦死した部下の供養のため 西教寺に供養米を寄進した際の寄進状が寺に現存している。

西教寺(滋賀県)

境内案内図

西教寺(滋賀県)

由緒書

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