たけべたいしゃ
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神仏霊場の御朱印を頂きに行きました。
昨日までの寒さから一転してビックリするほどの夏日・・・。
舐めてました(苦笑)
日影はさすがに涼しかったんですが、太陽がまぶしい(笑)
行きは石山駅からバスを使ったんですが帰りは寄り道をしたくて瀬田駅まで歩きました。結構近いです。行きも歩けばよかった・・・。
本日はいい日なのか新生児のお宮参りが何組もいらっしゃっていてなかなか賑やかでした。大社に横付けされているタクシーまで「寿」と書かれた扇の化粧が車に・・・。こんなタクシーがあるんですね。
子供の頃のヒーローでした(笑)
ぼやぼやとした日本武尊の伝承を本日ちゃんと把握しました(笑)色々思い違いをしていたようでしたが、一貫して感じている事は、源義経に似た境遇だという事。
強すぎるゆえに味方である身内から怖がられ、果ては命まで絶ってしまうという。
日本武尊がどうして倭姫から預かった草薙剣(天叢雲剣)を使わずに戦いに向かったか・・・。
良かれと思ってやった事が裏目に出る事は多かれ少なかれありますが、こういうのは、病みますよね~・・・。
まぁ、とある説では日本武尊と言うのは役職名だという話もありますが。それも古い情報なので今では違っているかもしれません。
改めて、勉強しなおすべきだなと思いながら帰路につきました。



#建部大社
ご祭神はヤマトタケルの尊、相殿神にアマテラス皇大神。
#日本武尊
よく言われるように、ヤマトタケルの尊と、父にあたる第12代・景行天皇との関係は古事記と日本書紀とで真逆だ。
古事記によれば、彼の兄にあたるオオウスの命が朝の会議を欠席しがちになった。景行天皇はヤマトタケルの命に、「言って聞かせてやりなさい」と言うと、ヤマトタケルの命は兄を待ち伏せし、問答無用でその腕をもぎ取って殺し、ケロッとした様子でそのことを報告した。
景行天皇は以来、彼を疎んじ、息つく間もなく西へ東へ遠征を命じるようになる。ヤマトタケルの命自身、叔母にあたるヤマトヒメの命に対し、「父上はボクが死んだらいいと思っていらっしゃるのだろうか」と打ち明ける。
日本書紀では、彼が兄を殺す話自体が無い。ヤマトタケルの尊は景行天皇から特に寵愛されたとあり、オオウスの皇子も健在だ。
東でエミシが反乱を起こしたとの一報が入った時、ヤマトタケルの尊は「ボクは西を攻略したので、次は兄さんが行くのがいいでしょう」と提案。するとオオウスの皇子は驚いて草むらに隠れた。それでヤマトタケルの尊が、「仕方ありませんね。またボクがひと肌脱ぎましょう」と自ら立ち上がったと。
滋賀県のおすすめ2選🎌
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