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長良神社(本川俣)
埼玉県 西羽生駅

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長良神社(本川俣)について

ほぼ、群馬県の邑楽郡を中心とした地域にみ集中分布する長良神社のうち、例外的に利根川対岸の埼玉県側にある二社のうちの一社
千代田町瀬戸井の長良神社総本宮から、利根川の洪水で流れ着いた社殿を祀ったと伝わる
江戸時代に善政を敷いた領主 松平大和守を生前より祀った生祠もあり

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くし
くし
2026年05月09日(土)1834投稿

GW中はどこにも出掛けず😞
というかお恥ずかしい話ですが、いま療養中で毎日がGWみたいなもんなので💧w わざわざ混む時に出掛けることもなかろうと終わってから出掛けることに😅

現在、ここ1~2年相次いで襲われた病魔で、最後に残ってる腰痛と戦ってるのですが、これがちょっと面倒な症状で、立ってたり横になってる時はほぼ問題ないのだが、椅子に長時間座ってるとそれがトリガーとなって左腰を中心に激痛が走りマトモに動けなってしまう😭⚡
これが一度発生してしまうとしばらく横にならないと治まらないので、なるべく発生を避けるためにトイレは極力短時間で済ませたり、食事も立ち食いで摂ってたりと、日常生活にもやや支障をきたしてる有り様😔

腰を曲げる角度の関係なのか、なぜか自転車は発生トリガーにならず、前回のようにサイクリングでなら長時間でもできてしまったりする🚲️💧❓️ 
(それで症状説明が困難だったり、ホントに腰痛持ちなの?😒と信じてもらえない場合もあるのがこれまた厄介だったり😫)
そんなワケで、どのくらいまでなら運転可能か?🚙💧と確かめる意味もあり、今回は近すぎず遠すぎず埼玉県の羽生市辺りに行ってみることに。埼玉県側にも二社だけあるという長良神社を探してみることにしました。

一社目は、利根川からも近い本川俣という所にある長良神社。
着いてみたら規模のわりには意外に立派な長良様でちとビックリ😳 天水桶なんて総本宮にもなかったぞ😓

ここは、洪水で利根川を流されてきた長良神社総本宮の社殿を祀ったのが起源とのこと。
以前、長良神社には、総本宮と長柄神社から分霊された二系統があると触れましたが、ここは由緒を見ると総本宮の系統なのですが・・・
主祭神が事代主命、これは長柄神社から系統に特徴的なんですよね。 どういうことなの??😲

一社目でいきなりミステリーに遭遇したワクワク感と、いつ腰の時限爆弾が爆発するかという不安を抱えつつ、次に向かうことにしました✨💣️💧w

長良神社(本川俣)(埼玉県)

一見すると田舎によくある公民館併設の神社

長良神社(本川俣)(埼玉県)

しかしこの規模の神社にしては、かなり大きくて立派な石鳥居が立ってる😳

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長良神社(本川俣)の基本情報

名称長良神社(本川俣)
読み方ながらじんじゃ
通称明神様

詳細情報

ご祭神《主》大国主命・事代主命
《配》藤原長良
《境内社》不明(おそらく由緒にある本地堂観音)
《摂末社》松平大和守生祠・湯神社・琴平神社・〇大明神(AIの解読では孝大明神)・威徳天満宮・八幡神社・水神宮・龍〇宮(龍賛宮?)・水神 住吉合社・庚申塔・不明(◯◯大権現?)・不明合社(右は若宮八幡宮?)・道祖神二社
ご神体藤原長良像
創建時代天正四年(1576年)
創始者本川俣の村人
文化財

松平大和守生祠(羽生市指定重要文化財)

ご由緒

長良明神社
この神社は村の鎮守である。もとは上野国邑楽郡の瀬土井村(現 千代田町瀬戸井)にあったが、天正三年(1575年)の利根川の大洪水の際、社殿が流されてこの地の岸に漂着した。そこで村人たちがこれを拾い上げ、翌年3月20日に社殿を建てて祀ったという。
祭神は「長良親王」と伝えられ、束帯姿の座像である。
しかし、今考えるに、上野国瀬土井村の長良神社については、昔、上野国が騒乱に陥ったとき、大職冠・鎌足の七世の孫である黄門侍郎・藤原長良が派遣されて鎮めたところ、国が大いに治まった。長良が都へ帰った後、家臣の赤井師助という者を残して国を治めさせた。長良の死後、師助が国人たちと相談し、その霊を神として祀り、長良神社と名付けたという。
この説によれば、「親王」とするのは誤りであろう。 とはいえ、藤原長良が上野国を治めたという記事は国史には載っておらず、詳しいことは分からない。
また一説には、『和名抄』に上野国邑楽郡の郷名として「長柄」があるので、地名を神号としたのではないかともいう。この説はもっともらしく思われるが、確かな根拠を聞かないため、信じがたい。
・付属の社・寺
別当:大蔵院
本山派修験で、葛飾郡幸手の不動尊の配下に属する。
本地堂 観音を安置する。
八幡社・鷺明神社・天神社
以上の三社は文禄4年(1595)の勧請で、大蔵院の管理である。
(新編武藏風土記稿 本川俣村より AIによる現代訳)
※別当寺の大蔵院については現時点では未確認
――――――――――
【松平大和守生祠】
本川俣村は、明和7年(1770)から文政4年(1821)までの約50年間、それまでの幕府直轄地から河越城主の領分となっていました。
生祠とは、領主の徳をたたえるために領民がまつったもので、市内には堀田氏、戸田氏、本多氏らの城主のもの以外にも、小尾氏、戸田氏、土岐氏等の旗本をまつったものがあります。
この生祠は、松平大和守直恒をまつっています。当地は天明6年(1786)7月16日におきた上川俣の竜蔵堤の決壊および、寛政3年(1791)8月7日の再決壊による水害に見舞われました。この領民の窮状を知った直恒は、食料を与え、租税も五年間免じました。この恩に報いようと、惣百姓、組頭、年寄、名主が願主となり、そのいわれを記して後世まで伝えようと寛政6年(1794)に建立したものです。
松平大和守生祠は、寛政元年(1789)に待従に任ぜられた後、文化7年(1810)に49歳で没しました。
(案内板より 一部省略)

ご利益
体験
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