しょうぼうじ|真言宗智山派|巌殿山
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埼玉県 東松山市 に境内を構える、巌殿山 正法寺、岩殿観音の通称で知られる、坂東三十三観音霊場の歴史在る寺院、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024.2に参拝致しました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 巌殿山、寺号は 正法寺、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は阿弥陀如来、坂東三十三観音霊場 十番札所 岩殿観音 七観音霊場(千手観世音菩薩)日本百観音の一つ、寺伝では養老2年(718年)に沙門逸海が岩殿山の岩窟に観音像を安置し、傍らに正法庵と号した草庵を結んだのが始まりと伝わっている。ここ岩殿山はもとより神仙の地であり、諸天薩埵の住まう霊峰であった。ある時、諸国を巡り修行する高僧であった沙門逸海がこの岩殿山に立ち寄った。山中にて修行していた折に夢の中に観音菩薩が現れ、霊告を受けたという。この霊告によって諸国行脚の修行を止め、観音像を安置し傍らの庵で日夜修行に励んだ。鎌倉時代初期に源頼朝の命で比企能員が復興した。頼朝の妻北条政子の守り本尊だったと伝わっている。天正2年(1574年)に栄俊が中興開山となる。天正19年(1591年)に、徳川家康から寺領二十五石の朱印地を与えられる。岩殿観音にまつわる伝説「田村麻呂の悪竜退治」に詳しいが、平安の始めの頃の話であろうか、ここ岩殿の山に悪竜が住み着き、村人はほとほと困り果てていた。そこに蝦夷征伐へと向かう将軍坂上田村麻呂が通りがかり、岩殿観音の千手観音菩薩の霊力を授かることで、悪竜を見事討ち果たしたという。この霊験もあり、蝦夷征伐を終え、都へと戻った田村麻呂が岩殿観音の利益を伝えたという。これに深く感銘を受けた桓武天皇は、延暦15年(796年)に勅命によって岩殿観音に伽藍を建立せしめたと寺伝では伝わっている
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北条政子の守本尊を祀り比企能員が再興した「岩殿観音」
大東文化大学やこども自然公園の近く。
駐車場は2箇所。物見山公園駐車場だと本堂が近く、仁王門脇の駐車場だと納経所が近い。納経所と本堂は50段ぐらいの階段で繋がり、そんなに広いお寺ではないのでどっちでも良さげ。ただ物見山公園駐車場は駐車スペースが狭い。
今回は物見山公園駐車場の方で。紅葉シーズンだったので駐車場がすぐ満車になる。
駐車場横のトンネルを進み道なりに進むと、黄色に染まった大銀杏が見える。横に本堂。本堂の前に御手水やお地蔵さんが並ぶ。
本堂右手に地蔵堂や薬師堂。横の岩には石仏群。
本堂前の階段を下ると仁王門。仁王門右手に駐車場、左手に納経所。
東松山市や比企郡を治めた比企氏ゆかりの寺で、北条政子の守本尊が御本尊の千手観音菩薩になる。
大銀杏が良い色に染まっていたからか銀杏の絵を描いている人や写真を撮りにくる人がたくさんいた。
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