しょうぼうじ|真言宗智山派|巌殿山
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鬼鎮神社を出て、さて次はどこに行こう?とホトカミで周辺検索してここに決めました。
まず山の麓に着いたところ、神橋の掛かる沼があり浮島に渡ってみたところ静かな表情の弁天様がおられました。
近くに秋らしい盆栽の置かれたお洒落な東屋があったのでしばしマッタリ(´ー`)
しかしお寺の方を見ると、集落の間を縫って石畳の道が数百m続いてる・・・まさかこれを徒歩で!?( ̄□ ̄;)
と怖じ気づいたのですが、車で入っても良さそうなので恐る恐る進入したところ、幸い上にも駐車場がありました。
結構徒歩で登ってる人もいたのですが、上から下を見たところ・・・ゴメンナサイ、自分にはムリっす(ノД`)
デカイ仁王様のある山門をくぐり苔むした石段を上がると、そこには荘厳な観音霊場が(゚Д゚)!!
特に目を引いたのが本堂裏の崖の石仏群。磨崖仏ではないようですが崖に穿たれた穴にズラーっと石仏が並ぶ姿は圧巻です。
御朱印は石段下の納経所で、若いお坊様が書いてくれました。
お寺の印象などを少しお話し、穏やかな秋の日の昼下がりを過ごせました。


正法寺(しょうほうじ)は、埼玉県東松山市にある真言宗智山派の寺院。山号は巌殿山(いわどのさん)。本尊は千手観世音菩薩。通称は「岩殿観音」。坂東三十三所観音札所10番。なお、第9番慈光寺、第11番安楽寺とともに「比企三山」とも言われる。
創建は奈良時代初期の718年、沙門逸海が物見山の岩窟に千手観音を納め「正法庵」と称したのが始まり。奥州討伐に向かう坂上田村麻呂が村人に悪龍退治を頼まれ、観音に祈願し悪龍を退治したという伝説が残る。鎌倉時代には北条政子の守り本尊として、源頼朝の命により比企能員が再興し、室町時代には隆盛を築いた。その後廃れたが、安土桃山時代の1574年に栄俊が再興し、中興開山となった。江戸時代には徳川家康から寺領25石の朱印地を下賜され、坂東巡礼が流行すると門前町が大いに栄えた。
当寺は、東武東上線・高坂駅の西方3kmほどの小山(物見山)の中腹にある。東京からクルマだと、関越自動車道・坂戸西スマートICから県道212号線などを経由し北北西に14kmほど。門前町から一段上がったところに山門や寺務所があって、さらに一段上がった崖を切り崩したようなところに観音堂や鐘楼といった諸堂がある。自然に囲まれてはいるが、そばに県道212号線が通り、大学キャンパスがあったりゴルフ場があったりと開発が進んでいるので、山寺の雰囲気はない。特に境内の上部の県道沿いに物見山公園があって、そこから下って境内に入ることができるので交通の便が良く、気軽に立ち寄ることができる。
参拝時は週末の午後で、数組の家族連れなどが参拝に来ていた。

門前町から階段を登って来ると<仁王門>。かつて運慶作の仁王像があったが江戸時代に焼失し、文化年間(1808年~1814年)の再建。現在の仁王像は平成の解体修理時に漆を塗り直し、漆保護のため紫外線カットガラスに覆われているとのこと。ガラス張りの方が見やすい。

仁王門をくぐると、上の段の境内まで一直線に階段が伸びている。


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