れんけいじ|浄土宗|孤峰山
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🚴中院をあとにして、観光客がごった返す蔵づくりの通りを避けて裏から蓮馨寺へ。
🙏🏻孤峯山 宝池院 蓮馨寺(こほうざん ほうちいん れんけいじ)
所在地: 埼玉県川越市連雀町7-1
宗派: 浄土宗
開基: 蓮馨尼(蓮馨大姉)
開山: 感誉存貞上人
創建: 天文18年(1549年)
本尊: 阿弥陀如来
札所: 小江戸川越七福神第五番(福禄寿神)
文化財: 木造阿弥陀如来坐像、元禄の銅鐘、蓮馨寺日鑑など
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由緒・歴史
蓮馨寺は、戦国時代の天文18年(1549年)、川越城主・大道寺駿河守政繁の母である蓮馨尼(蓮馨大姉)の発願によって創建された浄土宗の寺院です。開山は感誉存貞上人(かんよぞんていしょうにん)で、民衆の心のよりどころとなることを願って建立されたと伝えられています。
開基とは寺院の創建に尽力した人物、開山とはその寺院を開いた僧侶を指します。蓮馨寺の場合、蓮馨尼が開基、感誉存貞上人が開山にあたります。
江戸時代に入ると、蓮馨寺は浄土宗の僧侶を養成する教育機関「関東十八檀林」の一つとなりました。慶長7年(1602年)にはその一つに列せられたとされ、幕府の庇護のもとで多くの学僧を育てました。
檀林とは、もともと僧侶が集まって修学する場所を意味し、江戸時代には宗派の教学を支える重要な教育機関を指しました。関東十八檀林は浄土宗の主要な学問所として知られ、蓮馨寺も川越における宗教・教育の中心的な役割を担っていました。
本尊・木造阿弥陀如来坐像
本尊は阿弥陀如来坐像で、川越市指定有形文化財に指定されています。
像高は約70センチメートル。寄木造で玉眼を用い、衣には漆箔が施されています。両肩を覆う衣の表現や、来迎印を結ぶ姿などに特徴があり、鎌倉時代後期の慶派系仏師の作風が認められるとされています。
注目されるのは、寺院の創建が16世紀であるのに対し、本尊はそれより古い時代の作と考えられている点です。
像内には修理などに関する銘札が納められており、天明6年(1786年)の記録には、弘安元年(1278年)に仏師・法橋覚慶が制作したとする銘文についての記述があります。こうした記録と彫刻様式から、鎌倉時代後期頃の作と考えられています。
呑龍上人と呑龍堂
本堂正面にある呑龍堂には、呑龍上人(1556~1623年)が祀られています。
呑龍上人は、困窮する人々を助け、貧しい家庭の子どもたちを寺に預かって養育したことで知られる僧侶です。子どもを救済した事績から「子育て呑龍」と呼ばれ、子育てや安産を願う人々の信仰を集めてきました。
現在の呑龍堂は大正初期の建築とされています。毎月8日は縁日「呑龍デー」が開かれ、地域の人々に親しまれています。
おびんずる様
呑龍堂の前には、賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)、通称「おびんずる様」の像があります。
賓頭盧尊者は、釈迦の弟子である十六羅漢の一人とされる人物です。日本では、病んでいる部分と同じ箇所を撫でると病気が癒えるという信仰で知られ、撫仏(なでぼとけ)として各地の寺院で親しまれています。
文化財・元禄の銅鐘
境内の鐘楼にある「元禄の銅鐘」は、元禄8年(1695年)に鋳造された梵鐘で、川越市指定有形文化財です。
総高175.7センチメートル、口径91.2センチメートル。鐘に刻まれた銘文によれば、以前の鐘が破損したため、新たに鋳造されたものとされています。鋳工は木村将監で、江戸時代の鋳物師による作品としても注目されます。
また、蓮馨寺には「蓮馨寺日鑑」と呼ばれる古文書群が伝わっています。正徳4年(1714年)から慶応2年(1866年)までの記録を中心とするもので、現存するものは70冊に及びます。寺院の行事や僧侶の修学、川越藩や幕府との関係、末寺や地域社会との交流などが記録されており、江戸時代の蓮馨寺と川越の歴史を知るうえで貴重な史料となっています。
小江戸川越七福神
蓮馨寺は、小江戸川越七福神めぐりの第五番札所で、福禄寿神を祀っています。
福禄寿は、幸福・財運・長寿を象徴する神様です。七福神信仰は、異なる由来を持つ福の神々を一緒に祀る民間信仰として広まり、現在も各地で七福神めぐりが行われています。
戦国時代の創建から、江戸時代の僧侶教育、そして子育ての信仰や地域の文化財に至るまで、蓮馨寺には川越の宗教史と庶民の信仰を知る手がかりが数多く残されています。
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川越の中心地にある孤峯山蓮馨寺は、戦国期天文年間に創建された浄土宗の名刹で、呑龍さまと親しみを込めて呼ばれています。江戸期には、関東十八檀林の一つに列せられ隆盛を極めました。
当時の川越町の4割が焼失したと言われる明治26年の川越大火では、蓮馨寺も多くの伽藍を焼失しましたが、鐘楼と手水舎は難を免れた明治期以前の遺構と伝わります。
川越の歴史地区は、この大火後に耐火建築として蔵造りにより街が復興され、現在では国重要伝統的建造物群保存地区に指定され、大きな観光資源になっていることを、当日復興にあたった人々は想像すらしていないのではないかと思います。
境内ではよくイベントが行われて混雑している時もありますが、今回はのんびり静かにお参りさせていただきました。

✨小江戸川越✨ 散策㉑
川越の歴史と信仰を今に伝える蓮馨寺へ伺いました🙏
◯ 天文18年(1549年)、当時の川越城主・大道寺政繁が、母である蓮馨大姉の菩提を弔うために開基したと伝わります。
◯ 江戸時代には、徳川家の手厚い庇護を受け、浄土宗の関東十八檀林(僧侶の学問所)の一つとして大きな勢力を持っていました。
◯呑龍様(どんりゅうさま)
江戸時代、増上寺から招かれた存応上人(呑龍上人)が住職を務めたことで、「呑龍さま」として庶民の信仰を集めました。現在もその名で親しまれ、特に安産・子育ての守り神として深く崇敬されています。
川越の発展とともに歩んできた蓮馨寺は、この地が「小江戸」として大いに栄えたことを雄弁に物語る場所でした。かつて僧侶たちが学び、庶民が憩った場所としての歴史的重みを感じながら、現代の川越の日常に溶け込んでいる様子が非常に印象的でした😊
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